猫とタコ

 さて昨日はお仕事、雨の降る前に決着はついたので、やれやれの中、その裏で高校野球は中止。この日は「黙とうの日」だったのですが、それがないというちょっと異例の中、このお話を書いている私。今日は水曜日、映画のお話。3枠目の今週は「ボンド」、先月末に一部マスコミが「25作目のボンド「007 シャッターハンド(仮題)」は2019年に公開され、その主演はダニエル・クレイグである。」と報じられましたが、今日はそのボンドに登場するこんな方のお話です。
(これ、アンタも出られへんかって、残念やったね~、ミーシャ。)

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 ボンドの宿敵、スペクター(SPECTRE, SPecial Executive for Counter-intelligence, Terrorism, Revenge and Extortion、「対敵情報、テロ、復讐、強要のための特別機関」、間違っても外人芸能リポーターのことではありません。)、直近の作品「スペクター」にも出ていましたが、ここの首領に(決して「偉大なる」とかいう枕営業じゃなかった枕詞はついていません。)「エルンスト・スタヴロ・ブロフェルド(Ernst Stavro Blofeld)」という人物がいます。

 この「スペクター」という組織は、東西冷戦下でありながら取引相手を「西側」や「東側」と区別せず公平に接し、犯罪をビジネスとして捉えています。spectreには「幽霊」という意味もある通り、幹部たちはお互いを番号で呼び合い(第2作「ロシアより愛をこめて」など)、そして構成員がタコのシンボルマークを模した指輪をつけていること以外はすべてが謎に包まれています。最初は顔のわからないペルシャ猫を飼っている謎の人物として声と体の一部分だけが登場しました。その後、ボンドは徐々にスペクターを追い詰め、ついに第5作「007は二度死ぬ」でブロフェルドの顔が明らかになります。髪型はスキンヘッド、顔の右側に大きな傷跡があり、威圧的なギョロ目を持つその姿は衝撃的でしたが、さらに驚いたのは彼が次のシリーズに現れた際はまったくの別人として登場したことです。(ブロフェルドは常に整形を繰り返し、影武者がたくさんいるという原作設定によります。)

 そして第6作「女王陛下の007」のラストでボンドの妻となったトレーシーを殺すが、次の第7作「ダイヤモンドは永遠に」ではついに最期を迎えます。ただし「ダイヤモンドは永遠に」ではっきりとは死が描写されておらず、最後の出演になった第12作「ユア・アイズ・オンリー」では人物がブロフェルドだとは明言されていないので、ブロフェルドが死んだという確証はありません。(この作品で、ボンドはこの男の乗った車いすをヘリコプターの足で引っ掛け、煙突の中へ落とすというくだりが出てきます。)

 そして第24作「スペクター」では大幅に設定を変えて登場します。本名はフランツ・オーベルハウザー(Franz Oberhauser)といい、彼の父ハンスは両親を亡くした幼少期のボンド(第23作「スカイフォール」にて)の後見人であり、ブロフェルトとボンドは血はつながってはいないが実質的な兄弟の関係にありました。父ハンスがボンドに愛情を注ぐことに嫉妬し、雪崩を起こして殺害。自らも死を偽装して行方を眩まします。以後、母方の血統より名前を拝借し、エルンスト・スタヴロ・ブロフェルドという新しい名前で組織スペクターを設立しました。この作品において「007 カジノ・ロワイヤル」「007 慰めの報酬」「007 スカイフォール」における出来事すべてにスペクターが関わっていたことが明かされています。

 ということで今日のお話はここまで。雨は上がったのですが、今日も1日、ドタバタとしそうです。
(ほれ、あんまし無理せんようにね、ミーシャ。)

お山のお休み

 このお話を読んでもらっているお兄さん、お姉さんのみなさん、おはようございます。ボク、久々のブランコです。今日はボクたちのお休みのお話を書きます。
(おや、ブランコ、泣き虫さんのアンタが今日は書くんやね、どんなお話かな?)

 ボクたちは「山の日」の金よう日、ミーシャといっしょに「静かな車」でみんなでこの山のおうちにやってきました。でも今年はミーシャも忙しいようで、電話の受話器は上がったまま。ボクたちはお部屋でお話していたんですが、いつもこの時期に来るお客さんが来るために、ボクたちはみんなでひなんすることになりました。

 そして昨日、ミーシャはさっさとお仕事を終わらせた後、おうちに帰ってきて、お外で何やら、お食事です。そこでおばさんがまたいい年して、花火をやっています。ミーシャがボクたちのひなん先に来て、「ごめんね。」といったとき、起きていたのはボクとモンちゃんだけでした。

 今度の木よう日、ボクたちはミーシャといっしょにおうちに帰ります。ミーシャも大変なんですけど、みなさんもこのお話を読んであげてください。
(これ、ブランコ。ミーシャがアンタのことをす~ごい気にしとったよ。また今度もみんなでそろっておいでね。)

サド一発

 さて昨日はお休み、そこで大真面目に見ていた高校野球、「今年はやたらとホームランが出る」ことに「ボールに何か細工でもしてんじゃない?」とか思う「穿った」私。今日は月曜日、プールのお話。3枠目の今週は「選手」、今日はこんなお話です。
(これ、ま~た何を言うてんかな、ミーシャ?)

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 今月はこの方。エフゲニー・サドウィ(ロシア Yevgeny Sadovyi)という方です。1992年のバルセロナ五輪の男子200m、400m自由形、4×200mリレーの金メダリストのこの方、1973年1月19日、旧ソ連、ヴォルゴグラード近郊のヴォルシスキー生まれ、6歳の時にヴォルゴグラード(1961年まではスターリングラードと呼ばれていました。1942年から43年にかけてのスターリングラード攻防戦の舞台になっています。)に引っ越して、水泳を始めます。そして1991年のヨーロッパ選手権でデビューした彼は、400m自由形、4×200mリレーで金メダル、翌年のバルセロナ五輪でのメダル候補に名乗りを上げました。

 そして19歳で迎えたバルセロナ五輪では400m、4×200mリレーで世界新記録(当時)、200mでもオリンピック新記録という『出来過ぎ』の出来で3冠、その年のMVPにも選ばれました。その後の1993年のヨーロッパ選手権でも金メダルでしたが、この出来過ぎの結果で運を使い果たしたか、1994年にキーレン・パーキンス(オーストラリア)に400mの世界記録保持者の座を奪われた後は急速に凋落することになります。1996年のアトランタ五輪では前回チャンピオンにもかかわらず、国内予選で脱落したため、現役を引退することになります、。その後はロシアの代表チームのコーチ、はたまたリビアでの指導者など後進の指導に当たっています。

 ということで今日のお話はここまで。今日は客人が来るのですが、私はお仕事。とはいえさっさと終わらせてきましょ。
(ほれ、油断したらいかんよ、ミーシャ。)

え~っと

 さて昨日はお仕事、2日分を片付けてきた「ゲリラな」私。今日は日曜日、ミニカーのお話、3枠目の今週は「ミニカー・ブランド大図鑑」、今日はこんなお話です。
(これ、その「ゲリラ」というのは「下痢ラ」のことやろ、全くもう、パパと2人でビールば~っかりゴクゴク飲んでんやないんよ、ミーシャ!)

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 今月はこちら。今や「世界の工場」ともいわれる中国ですが、ミニカーも製造ラインがここにあることも多く、またそこから生まれたブランドも多々あります。そこから「ウェリー」(Welly)というブランドがあります。1979年に創業されました。工場は中国、広東省にあり、3000人以上の労働者を雇用しています。乱立する中国系ブランドの中でも着実な内容を伴ったブランドです。1/18、1/24、/1/43、1/64と幅広いスケール展開が特徴です。近年のヨーロッパ車をメインとする手堅いな商品展開をしています。最近はクオリティーも向上し魅力的なモデルになっています。最初は1/64サイズから始まったのですが、1990年代には1/24のスケールモデルを開発し、 1/18のスケールモデルを追加しました。また、最近ではラジコンカーなども製造しています。

 そして、只今私が来ている「北戴河」、中国の場合、西暦の末尾が「2」と「7」の付く年はちょっと重要な年になります。理由はその年の秋に5年に1度の共産党の「党大会」(全国代表者会議)が行われ、そしてその直後の第1回党中央委員会全体会議(俗に一中全会と呼ばれます。)において、その後の新指導部のメンバーが決まるからです。また、その最高指導部である政治局常務委員のメンバーは「党大会の時点で68歳以下」という慣例があります。現在のトップ、党総書記、国家主席、中央軍事委員会主席の習近平(1953年生まれ)は今年の党大会の時点では64歳ですので、2022年の次の次の党大会の時点では「引退」しなくてはならないことになります。そこで生まれるのがドロドロの「権力闘争劇」、明日、ここにはウチとこの一門が集まるわけですが、その面子も現当主の実弟、現当主の後見(私の父親)、そしてこの私とちょっと隠然たる勢力を持っている(間違っても台風のことではありません。)わけで、南の現当主にはちょっと「けしからん」というイメージがあるような気もします。(ちなみに私は2002年当時、江沢民の「3つの代表」論になぞらえて、「ここに3つの椅子があります。以前は先代と父親(先代の弟)とその後見が座っていました。そして現在は先代の座っていた椅子に現当主が座り、父親の座っていた椅子には現当主の実弟が座り、その後見の座っていた椅子には父親が座るようになりました。さて、そうしたら私はどの椅子に座ればいいんでしょうか?」とある種の「爆弾発言」をしたことがあります。)

 ということで今日のお話はここまで。今日はこれからドタバタになりそうですが、休めるうちに休んでおきましょ。
(これ、そんな権力欲むき出しでガッツいてんやないんよ、ミーシャ。しまいに「粛清」されるよ、全くもう!)

台湾にはありません

 さて今日からお盆休みの方も多いかと思いますが、昨日はさっさと早寝した私。明日がちょっと書けないような気もするので、本来はお休みの金曜日に書いています。今日は今週のラスト、グルメのお話。2枠目の今週は「ミーシャの変態クッキング」、今日はこの暑い中という事で、こんな辛い麺のお話です。
(これ、アンタの変態な食生活を聞いてんやないんよ、ミーシャ。)

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 名古屋名物「台湾ラーメン」、豚挽き肉・ニラ・長ねぎ・モヤシなどをトウガラシで辛く味付けして炒め、醤油ベースのスープを加えて茹でた麺にかけたもので、ニンニクをたくさん入れるのも特徴の一つですが、その焼きそば版「台湾焼きそば」が今月のお話です。名古屋に行った際にそこで出てきたものですが、これが結構うまいんです。

 レシピはこんなもんです。(2人分)
ごま油   小1  焼きそば麺 2玉  鶏がらスープ(顆粒)  小1 水 大1
 
ごま油   小1  にんにく  1かけ 鷹の爪  1つ  豆板醤  小1
豚ミンチ  150g  玉ねぎ 1/2個  もやし  1/4袋  ニラ 4本
鶏ガラスープの素(顆粒)  小2
 
酒  小2  みりん   小2  醤油  大1  オイスターソース  大1
ラー油  お好みで

(1)玉ねぎはみじん切り、ニラは3cmくらいに切り、葉先と硬い茎部分とに分けます。もやしは沸騰したお湯にさっとくぐらせておきましょう。
(2)フライパンにごま油とみじん切りにしたにんにくを入れ、香りが出るまで弱火で熱します。
(3)香りが出てきたら、鷹の爪と豆板醤を入れ、豚ミンチ・玉ねぎ・ニラ(茎部分のみ)も一緒に炒めて、スープの素で味付けします。
(4)肉の色が変わってきたら、Aの調味料を全て入れ味をなじませます。最後にニラの葉先ともやしを強火で炒め合わせます。
(5)別のフライパンを熱してごま油を入れ、もみほぐした麺を鶏がらスープと大1の水と一緒にいれます。
(6)麺がほぐれてきたら、(4)で味付けした具材と手早く炒め合わせて、出来上がり。

 なお、「台湾」「名古屋」と言えば、ドラゴンズ史上最高の外人ピッチャー、郭源治(諸説あります。)が出てきますが、この方の店には「台湾ラーメン」はありません。元々は1988年に交通事故で亡くなった弟と将来台湾料理の店を開く約束をしており、弟は料理人として修行を始めていました。2001年に引退後、弟との約束通り名古屋市で台湾料理店を営んでいたのですが、2013年に閉店しました。

 という事で今日のお話はここまで。今日はこれから実家へ向かいます。その前にササッとお掃除しておきましょ。
(ほれ、みんなで帰っておいでね、ミーシャ。)
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