最終戦

 さて愛するタイガース、昨日のお話はめんどくさいからパス。今日は水曜日、巨大建造物のお話。3枠目の今週は「サーキット」、今シーズンの最終戦という事で、こんなコースのお話です。
(まぁそないに言わんと、ミーシャ。)

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 現在のF1の最終戦はアブダビですが、1995年まではオーストラリアで行われていました。その1995年まで行われていたコース、「アデレード市街地サーキット」というコースがあります。1996年以降はメルボルンでシーズン開幕戦の3月にグランプリが開催される前は、オーストラリアと言えばこのアデレードでした。全長3780mの市街地と、一部競馬場の跡地の公園の中の特設コースを使ったコース。カクカクと、短いストレートを90度の直角コーナーで繋いだ、いかにも”街の中”という印象が強いコースでした。現在はツーリングカーなどの「箱車」レースで使われています。

 コースはこんなところ。(F1の場合は薄いグレーの線になります。)
(1)フリンダース・ストリート
最初のシケインを抜け、次の90度ターンを抜けた後の2つ目の90度ターン、1994年、ベネトンのミヒャエル・シューマッハはタイトル争いの相手、ウィリアムズのデーモン・ヒルを阻止すべく、(わざと)ヒルにぶつけてしまいました。
(2)モルトハウス・コーナー
バック・ストレートに入ってしばらくで出てくる高速コーナー、1995年、予選でミカ・ハッキネンが生死に関わるような大クラッシュを演じてしまいます。ただ、幸運だったのはコース脇にいた医者が脳神経外科の専門だったために、辛くも一命をとりとめました。(そのため、マクラーレンはハッキネンの後釜を考え、テスト・ドライバーのヤン・マグヌッセンを座らせようとも考えていました。)
(3)デケットヴィル・ヘアピン
バック・ストレートの終わりに出てくるヘアピン、1986年、ナイジェル・マンセルがここで後輪がバースト、そのままリタイヤとなり、チャンピオンはプロストの元に転がり込んできました。

 という事で今日のお話はここまで。1日ではなかなか疲労も抜けないような気もする中ですが、今日も1日、頑張りましょ。
(ほれ、あんまし無理せんようにね、ミーシャ。)

パシャリと着替えて

 さて昨日はこのお話を書いていた後は、「明日はお休み♡」でのんびりとお食事、でも寝るのは早かった私。今日は火曜日、映画のお話。3枠目の今週は「(いい年して大真面目に書いてんじゃない)ドラえもん」、今日はこんなお話です。
(これ、あんまし晩遅くにバクバク食べてんやないんよ、ミーシャ。)

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 今月はこちら、「着せ替えカメラ」です。気に入ったデザインの服を着せたい人にすぐ着せられるカメラ。デザイン画をカメラに入れ、ファインダーを覗きながら位置を合わせ、シャッターを切ります。すると、分子分解装置が服を作っている分子をバラバラにし、定着装置(分子再合成装置)がそれを組み立て、別の服にします。ただし、絵や写真を入れないでシャッターを押すと、衣服を分解するだけで再構成しないので、裸になってしまいます。(間違っても「されてみたい」と思ったことはありません。)また、対象者の合わせ方が不十分だと、サイズがあっていないとかいう例もあります。

 映画の中では第1作「のび太の恐竜」、第10作「のび太の日本誕生」、第19作「のび太の南海大冒険」、第23作「のび太のロボット王国」、第25作「のび太のワンニャン時空伝」などに登場します、また第33作「のび太のひみつ道具博物館」では19世紀のカメラに似たデザインの「初期型 着せ替えカメラ」が登場します。

 という事で今日のお話はここまで。今日もあれこれとドタバタしそうな気もしますが、休めるうちに休んでおきましょという次第です。
(ほれ、今日はお部屋でおとなしいにしときや、ミーシャ。)

自堕落の復活

♪思い切り捌~い~て~、ガハハと笑いた~いけ~れ~ど~、昨日のお虎は遠すぎ~る~ホームが~、雨は冷~たい~けど~、濡れていたいの、手の脂~も~垢~も、流~す~か~ら~♪(森高千里「雨」のメロディでどうぞ)さて愛するタイガース、昨日は泥沼の中で試合を強行したことに首をひねりつつ、梅ちゃん先生のセーフティ・スクイズは「あのグラウンド状態でないとできない」と妙に納得、そして今日もまた泥沼のお仕事を片付けてきた「雨男の」私。そして今日は試合は中止の月曜日、プールのお話。3枠目の今週は「選手」。今日はこの方のお話です。
(これ、あれは私もどうかと思うんよ、ミーシャ。)

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 今月はこの方。競泳では比較的珍しい、黒人系の方です。2000年のシドニー、2016年のリオ五輪の男子50m自由形の金メダリスト、アンソニー・アービン(アメリカ  Anthony Lee Ervin)という方です。1981年5月16日、アメリカ、カリフォルニア州バーバンクというところで、黒人の父と白人の母の間に生まれました。 19歳で出場した2000年のシドニー五輪で、アメリカ水泳初の黒人系代表選手となり、50m自由形で、同僚のゲーリー・ホール・ジュニアと同着で金メダルを獲得しました。

 しかしその後、薬物依存などに苦しみ、一時競技からは離れていました。競技休止後はバンドで演奏をしたり、世界中を旅したりしていたのですが、2010年に競技にカムバックを果たし、 2012年開催のロンドン五輪で12年ぶりのオリンピックに31歳で出場しました。2016年にリオ五輪に出場しフランスのフローラン・マナドゥを破り競泳50m自由形で金メダルを獲得した。35歳で金メダルを獲得するのは同競技では史上最年長です。

 ただ、この方は短距離の選手にしてはスタートが下手、しかしトップスピードに乗るまでの速さと最大泳速を武器としています。この点はかつてのスーパースター、マット・ビオンディとよく似た点です。(ビオンディは元々水球の選手だったため、トップスピードにのせる技術には優れていましたが、いかんせん水球で使う必要のないスタートとターンが致命的に下手だったのはよく知られていたところです。)

 という事で今日のお話はここまで。明日はつかの間のお休みです。でもまぁちょっと疲労もたまっていますので、今日は給油に行ってきます。
(これ、アンタは何を入れに行くんかな、ひょっとして「ア×コー×」という名の液体のことかな、ミーシャ?)

ブルブルの馬車

 さて愛するタイガース、昨日は留さんの「罰ゲームは怖くないか~!! シーズン2」でとりあえず1勝、こうなると後は「どんなことをしても、第1ステージを突破するぞ~!!」という事ですが、その裏で最近、妹を側近に抜擢した某ロケットマンもちょっと気になる「覇気ダメ」の私。(一介の党副部長クラス(と言っても、出た当時の所属と言われていた組織指導部は党の人事を握る、現在の所属の宣伝扇動部は体制の代弁者というかなり重要な立場にありますが(注釈))の30代のひよっこが党最高幹部の政治局員候補になるなんてのは前代未聞の出来事です。ただ、最高指導者の実妹という立場が立場だけに、ちと元老世代の反発もありそうな気もしますが。)今日は日曜日、ミニカーのお話。3枠目の今週は「ミニカー・ブランド大図鑑」、今日はこんなお話です。
(これ、アンタは私のことを「ヨジョン」とか言うてんと違う。ミーシャ?)

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 今月はこちら。「ブルマー」じゃなかった「BRUMM(ブルム)」(イタリア)です。同じイタリアの老舗ミニカーメーカー、リオの創業者の三兄弟の一番上、レノ・タッタレーティと彼のパートナーの二人によって1972年に創立されました。ブルムの初期のミニカーがリオのものと似たような作りとなっているのはその為です。最初のミニカーは馬車のシリーズで、その後に蒸気自動車のシリーズが作られており、これは馬車の関連とみることができます。 一番最初のロゴも「馬車」をモチーフにしたものでした。BRUMMという名前も英単語の「brougham:軽馬車」を意味するイタリア方言からとったものだそうで、会社の最初のロゴも馬車の図柄です。 
 
 ブルムのミニカーの特徴は車種選択がユニークなこととそのバリエーション展開が多いことです。モデル化しているのはほとんどがクラシックカーですが、リオが手がけているような大型の高級車は対象とせずスポーツカー、レーシングカー、小型乗用車に絞ってモデル化しています。初期の馬車モデルや蒸気自動車は極めてユニークな存在ですが、その後のサイクルカー、戦前のレーシングカーなどもあまり他社が手がけていないものです。
 
 バリエーション展開については最近のミニカーでは珍しいことではありませんが、特にレーシングカーのモデルが多いことからレースやドライバーによるマニアックなバリエーション展開がされています。乗用車でもフィアットの小型車では車体カラーや車両グレードによる実車さながらの膨大なバリエーション展開を行っています。ミニカーの出来ですが、馬車、蒸気自動車、初期のレーシングカーについては当時のミニカーの標準以上の出来映えでした。ただその後発表された製品については比較的安価な価格設定に見合ったレベルで細かな仕上げにややアバウトなところもありましたが、最新のミニカーではずいぶん改善されてきています。現在もイタリアで製造していること(スローガンは「100% メイド・イン・イタリア」です。)で他メーカーの画一的な中国製ミニカーとはひと味違うイタリア的なスパイスが効いた味わいがブルムの魅力であると思います。

 という事で今日のお話はここまで。外は雨が降っています。ホントは金曜日からのはずですが、さてしばらく降り続くような気もしますが、今日も1日、頑張りましょ。
(ほれ、転寝しとったらいかんよ、ミーシャ。)

(注釈)組織指導部 朝鮮労働党の最高権力機関の1つ、中国共産党では「中央組織部」という言い方をします。金日成体制時には実弟の金英柱や実子の金正日が組織指導部長を務めていました。金正日体制時に部長席が空席となり、金正日自身が事実上の部長職を兼務し、金正日直属の第一副部長(有名どころでは張成沢や李済剛など)が北朝鮮の権力層に属する人物たちの思想検閲や人事査定や粛清権を掌り、国家安全保衛部(現 国家保衛省 いわゆる秘密警察)を手足のように使ったことから、北朝鮮の真の権力中枢機関と呼ばれるまでになりました。幹部課、生活指導課、検閲課、通知課などがありますが、一番恐ろしいのはその検閲課の第4課、高級幹部だけを専門的に管理・監視することから、北朝鮮の権力高位人物の粛清には必ず関わっているとされています。

ココにいるわよ

 さて今日のお話を書く分でネタを探していると、なんとなんとあの「爆乳根性娘」ハレプが今秋、世界ランク1位になったことに思わず椅子から滑り落ちそうになった「転落の」私。今日は土曜日、テニスのお話。2枠目の今週は「選手」、今日はこんなお話です。
(これ、アンタはオッ×イの大きい人を見ると、なんでそんなに鼻の下が伸びるんかね~、アンタのとこの担任の先生もそうでしょ、ミーシャ。)

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 今月はこちら。ココ・デ・パスタ(鉄板ミラカンパスタを社会見学の前に汗だくでLサイズを完食したのは私です。)でも、ココ・山岡(これで「ポロリの芸能人水泳大会」を連想するのは私だけではないはずです。)でもなかったココ・バンダウェイ(Coco Vandeweghe)(アメリカ)という方です。1991年12月6日、アメリカ・ニューヨーク生まれ、右打ち、バックハンド両手打ちのこの方、母親は水泳とバレーボールの両方で五輪代表として活躍したアスリート、祖父アーニー・バンダウェイは1950年代のNBAのニューヨーク・ニックスの選手、叔父アーネスト(キキ)・バンダウェイもまた有名な元バスケットボール選手というスポーツ一家に生まれたこともあって、ジュニア時代からアメリカ・テニス界がかなり大きな期待を寄せられてきました。2008年にプロ入り、主催者推薦枠で登場したUSオープンでは元世界ランク1位のエレナ・ヤンコヴィッチに敗れたものの、ジュニア(18歳以下)の部では優勝しています。

 サービスでは180~190km以上をコンスタントに出し、強烈なフォアハンドを武器とするパワー系プレーヤー。(どことな~く、リンゼイ・ダベンポートにタイプが似ているようにも見えます。)デビュー当初は体格の割にややフィジカルに未完成な要素が大きかったのですが、徐々に完成しつつあり、これでバックサイドにも攻撃力がついてくると、さらなる活躍も期待できるだろうといわれています。

 という事で今日のお話はここまで。今日もお仕事です。最近、救助に走り回っているため、ちょっと疲労もたまる今日この頃です。
(ほれ、ええことしとったら、どこかでええ事あるよ、ミーシャ。)
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