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若いツバメ

 さて何やら「出戻る」お話が急浮上、しかしその条件がちょっと不利な部分もありということで、そのへんを事務所と交渉せんといかんなと思う中、今日もプールで搾ってきた私。今日は火曜日、巨大建造物のお話。1枠目の今週は「野球場」、今日はこの間見ていた「つば九郎のフリップ芸」からこんなお話です。
(これ、それを「ギャラの交渉」とか言うてんやないんよ、ミーシャ。)

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 ヤクルト・スワローズの本拠地、1軍は東京都新宿区にある「明治神宮野球場」ですが、2軍はそこから30kmほど離れた埼玉県戸田市にある「ヤクルト戸田球場」という球場に本拠があります。神宮からは車で30分、電車で1時間半ほどかかります。当きょとと埼玉県の間を流れる「荒川」の河川敷の「国有地」の中にあります。1976年に開場した収容人員100人、センター122m、両翼100m、日本ではかなり珍しい、内野が人工芝、外野が天然芝というかなり珍しい球場です。

 元々ここはヤクルトの福利厚生用のグラウンドがありました。現在もそのグラウンドは存在しており、ヤクルトのラグビー、陸上などが使用しています。(一塁側の裏、1枚目の画像の右側の方です。)またこの近所には選手寮があります。そしてここは河川敷ということで、台風、集中豪雨等で増水した場合、球場全体が水没する。水が引いた後でもグラウンドコンディションの回復を待つため数日にわたって使用できなくなることがたま~にあります。

 またヤクルト球団は以前は国鉄(現在のJR)、その次に産経新聞(現在のフジサンケイ・グループ)の所有になっていましたが、ヤクルトが経営権を握ったのは1970年(昭和45年)、「ヤクルト・スワローズ」と名乗り始めたのは1973年(昭和48年)からです。(その前はヤクルト・アトムズという名前でした。)ただし、フジサンケイグループは現在でもヤクルト球団の大株主(20% ちなみに1/3(33.4%)の保有率で発言定款変更、監査役解任、自己株式の取得、募集株式の募集事項の決定、事業譲渡、合併・会社分割など組織再編の決定を阻止することができます。(株主総会特別決議の単独否決権))として、そこそこの力を持っています。(このため、ヤクルト本拠試合をフジテレビ系列のテレビ局(関西テレビ、フジテレビ、東海テレビなど)が中継しているのはここから来ています。また神宮球場のスコアボードにはフジテレビのマークが描かれています。)

 ということで今日のお話はここまで。ちょっと厄介な事情が出てきましたが、その辺うまい事まとめときましょと思う次第です。
(ほれ、そこで「大爆発」せんようにね、ミーシャ。)

巨大CDの箱

 さてちょっと根深い部分が残る元の勤務地に手伝いに行っている中、ちょっとこの内容を上に上げるとかなりややこしいことになりそうな気がするため、その落としどころを考えている私。決して某生活ドキュメンタリーのように、洗濯の仕方を巡って何とやらで世間から袋叩きになるわけではありませんが、とりあえずすることを片付けている今日は水曜日、巨大建造物のお話。4枠目の今週は「アリーナ」、今日は最近お仕事で行くことも多い「CD」(中日ドラゴンズ(Chuunichi Doragons)でも、コンパクトディスク(Compact Disc)でもありません。キャッシュ・ディスペンサー(Cash Dispencer)ですよ。読者の皆様。)がらみで、こんな所のお話です。
(これ、アンタの私生活なんて、だ~れも見たないんやわ、アンタも一回袋叩きになってみるか、ミーシャ?)

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 今月はこちら。アメリカ、ペンシルバニア州フィラデルフィアにある「クリーム・チーズ」じゃなかった「ウェルス・ファーゴ・センター」(Wells Fargo Center)というアリーナです。この「ウェルス・ファーゴ」とはサンフランシスコに本店を置く大手の都市銀行で、あっちゃこっちゃにこの名前を冠してアリーナがあります。1996年に開場、収容人員20000人のこのアリーナ、開場当時はコアステーツ・センターとして開場。1998年にファースト・ユニオン(銀行です。)に買収されたときは、ファースト・ユニオン・センターと名前が変わり、さらに、2003年にワコビア銀行に合併された後、ワコビア・センターという名前にになっていました。現在のウェルズ・ファーゴの名前が冠せられたのは2010年からです。NBAのフィラデルフィア・セブンティシクサーズとNHLのフィラデルフィア・フライヤーズの本拠地、他にも各種スポーツ、会合などで使用されています。

 またこのアリーナはワコビア・センターの時代にちょっと有名になります。NBAの2002‐03シーズン、2003年4月16日、ワシントン・ウィザーズを迎えたシーズン最終戦、しかしそのウィザーズにはなんとあのマイケル・ジョーダンがいました。ここまで書いてNBA好きの方は「ああ、ジョーダンの引退試合でしょ?」というところはお分かりかと思いますが、その場内アナウンサーにはジョーダンの所だけ、かつてのブルズ時代の名物アナウンサー、レイ・クレイを起用していたという前代未聞の試合だったわけです。

 ということで今日のお話はここまで。さてこのマスク責めに悶える中、今週残りをビシッと締めときましょという次第です。
(ほれ、あんまし油断せんようにね、ミーシャ。)

二方正面

 さて明日のお仕事が「王×でお昼を食べる」段取りになり、ゴールドカードに向けてのポイントを貯めまくるお話でゲラゲラ、そんな私が「個人でそのポイントカードを持っている」「電話に女子高生のようにマスコットがついている」「やたらとクーポン券を持っている」ということで「ここからいくらかもらっとるんと違うか?」というお話になり、同僚に「(行く分を)代わってもらえんかい?」と来たお仕事もさておき、緊急事態宣言もどこへやらという雰囲気に今日も食欲増進の「タウリンな」私。今日は水曜日、巨大建造物のお話。3枠目の今週は「お城」、今日はここにしましょ。
(これ、アンタはその辺やたらと詳しいからね~、ミーシャ。)

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 そろそろ北国でも桜が咲き始めました。コロナのお花もどこへやら、その後は林檎の花ですが、そこから「弘前城」(青森県弘前市)が出てきましたよ。現存12天守のうちの1つですが、もともとは1611年(慶長16年)、津軽信枚がこの地に築城します。当時は5層の天守がそびえていた(徳川の縁戚ということもあって、隣国への抑えという一面もあります。)のですが、2代目の信牧の代で天守は落雷で消失してしまいました。その後、何度か再建のお話は出たんですが、武家諸法度により、自由に城を築くことも、5層以上の天守閣の建築も厳しく制限されていた為、天守は再建されず櫓で代用され、弘前城は約200年も天守がないままの状態が続きました。9代藩主寧親(やすちか)が1810年、蝦夷地警備の功によって、石高が昇格したのを契機に天守櫓移築という名目で幕府の許可を取り、隅櫓を改造する形で新築され完成したのが、西南隅に三層を成し御三階櫓(ごさんかいやぐら)と称される現在の天守です。その後、明治を迎え、陸軍の鎮台として使われていたのですが、明治中期に桜が植えられたことで、この地は桜の名所になります。戦後は弘前公園として整備されており、園内には史料館や情報館、植物園などがあります。四季を通じて様々なイベントも開催される人気の観光スポットです。

 またこの城は雪国ということもあって、大雪が降っても割れることのない銅瓦葺きを使用していたり、積雪を考慮して門を通常よりも高く造られていたりと、東北の城ならではの特色です。そして最大の特徴が天守です。天守の特徴は、見る位置によって様相が違うこと。東側と南側である、外から見える方には千鳥破風をつけているが、北側と西側は、連窓になっています。つまり外見は綺麗だが本丸側に立てば、実に質素な天守に見えます。一国一城令(注釈)のあとの天守再建だけに、幕府への配慮がうかがえます。(これを「忖×」と言ってはいけません。)

 ということで今日のお話はここまで。今日もこのお話を書いて、晩ごはんです。ちょっと「太目残り」な気もしますが、明日もまた、頑張りましょ。
(これ、その辺はよう考えとかんといかんよ、ミーシャ。)

(注釈)一国一城令  江戸幕府が諸大名に出した布令の1つです。豊臣氏滅亡の翌々月の1615年(元和元年)閏6月,幕府は諸大名あてに居城以外の分国中の城をすべて破却するよう命令したものです。その目的は徳川家による全国統治を盤石にすることであり、この付帯事項として、同年7月に公布した武家諸法度の中の城に関する項目には、今後新たに築城することを禁止し、城の修復をする際には幕府に届け出るようにするといった内容が記されています。これにより増築や改築はもちろん修復さえも困難になりました。このため、諸大名の力は落ちたわけですが、逆に幕府の権威・権力を背景にして、諸大名に対抗しうる力を持った家臣の城を破壊することが可能となったともいえます。

熱い壁

 さて今日もお仕事、そして車の中にあった割引券にポイントカードでため込んだお昼もさておき、「ゴールドカード」を貯めに行った私。今日は水曜日、巨大建造物のお話。2枠目の今週は「スタジアム」、今日はこんな所を出してきました。
(これ、アンタも相当、イカレかかってんと違う、ミーシャ?)

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 質実剛健、日本人とよく似た部分のあるドイツ人のアナタ、でもでもそんな中でも、とサッカーになるとエゲツない部分が出てきたりします。(決してこの後に「スト」は出てきません。)ドイツで最も集客率の高いドル箱カードを抱えるブンデスリーガ、ボルシア・ドルトムントのホーム・スタジアム、「ジグナル・イドゥナ・パルク」(Signal Iduna Park)というスタジアムがあります。1974年、FIFAワールドカップ(TM) 西ドイツ(当時)大会用に建設されました。収容人員、当初は68000人でしたが、現在は4度改修を経て83000人になっています。ブンデスリーガ、ボルシア・ドルトムントが本拠にしています。この「ジグナル・イドゥナ」とはドイツの大手生命保険会社のことで、2005年に2021年までの命名権を持っています。

 このスタジアムの名物はホーム側ゴール裏スタンドで、全て立ち見席(このため、安全性の観点から一部の試合を規制しています。)であり、このスタンドだけで22000人を収容できます。ドルトムントがこのスタジアムで試合を行うと、この一角はレプリカユニフォームを纏ったサポーターで一面びっしりと埋まり、まさに黄色い壁と化します。(イメージとしては甲子園球場のライトスタンドに巣食う阪神ファンをお考え下さい。)またこのボルシア・ドルトムントはブンデスリーガの名門と言われていますが、2000年代中盤に一度、破産しかけたことがあります。クラブの株式上場に伴う巨額の損失、また主力選手の放出など1億2000万ユーロ(日本円に直して、当時のレートで170億円、1ユーロは140円とお考えになると目安となるでしょう。)の負債を抱え、2004年に経営陣を総替えする羽目になります。

 それでもファンは愛してます。特にエスカレートするのが対バイエルン・ミュンヘン戦と「ルール・ダービー」と言われるお隣のチーム、対シャルケ04戦です。特にシャルケとはご近所さん(シャルケの本拠地、ゲルゼンキルヘンとは電車で40分ほどしか離れていません。)、さらにはその昔はシャルケの方が強かったということもあって、毎度毎度ピッチの内外で大騒ぎが繰り広げられます。警備もその分、厳重でして、「カバンをちょっと開けてね~。」と開けさせると、出てくる出てくる、ヤバいもの。覆面や催涙スプレー、発煙筒のほか、携帯が禁止されている武器まで出てきます。また、スタジアムのなかでも両チームのサポーターが互いに挑発しあう一触即発の状況となっており、1000人以上の警官が投入されます。

 ということで今日のお話はここまで。何だかんだと過ぎるものは過ぎていきますが、「もうちょい筋道立てて考えてみましょ。」と思う次第です。
(おや、ようわかっとってやないの、ミーシャ君。)

諸説ありの球場

 さて休み明けのお仕事、でも本来の場所とは別の所に電話1本で行った「デ×へルな」私。(デリバリー・ヘ×スではありませんよ、そこのお父さん、デリバリーは合ってますけど、ヘルプですよ、へ・ル・プ!)今日は木曜日、巨大建造物のお話。1枠目の今週は「野球場」、今日はこんなお話です。
(これ、相当頭の中がわいてきてるんやないの、ミーシャ?)

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 日本のプロ野球の野球殿堂の表彰式は7月のオールスターゲームの時に表彰が行われます。そしてアメリカにも「野球殿堂」というものがありまして、その殿堂があるアメリカ、ニューヨーク州クーパーズタウンというところに「ダブルデイ・フィールド」(Doubleday Field)という球場があります。ニューヨーク市内から車で北西へ4時間ほどの所にあります。1920年開場の収容人員9800人ほどの球場です。このダブルデイとは人名(アブナー・ダブルデイ)です。

 元々、ここには別の球場が建っていましたが、病院の建設計画が明らかになると地元の住民が建設反対のためにその球場の土地を買い取り、地元の自治体がさらにそれを購入(ここでこの住民たちはもうかったんだろ?とか心無い憶測をしてはいけません。)、1930年代から球場の形になり、1959年に現在の形になりました。2008年まではメジャーリーグの試合をやっていましたが、現在はほとんど少年野球(日本のリトルリーグ(使うのは硬球)とほぼ同じです。)で使われています。

 またこの地は「野球発祥の地」ということになっています。1839年にアメリカ陸軍のアブナー・ダブルデイ将軍が、草むらでボールを打って走るだけの遊びを、グラウンドにベースを埋め込むことで“Baseball”という一つの競技として確立させた。そのベースがあった場所に建てられたのがこのダブルデイ・フィールドである」という説(ダブルデイ説)を発表したのがその根拠になっているのですが、最近の調査でそれが「ウソ」だということが発表されました。現在アメリカにおいては「マンハッタンにボランティア消防団を結成したアレキサンダー・カートライトが1842年に消防団の親睦を深めるために作った、タウンボールのルールが元になっている」という説が有力で、この説は1950年代にアメリカ議会でも事実承認がされています。

 ということで今日のお話はここまで。とりあえず現在の勤務地は明日が最後、来週からはさてどうなりますか?というところで今週も乗り切りましょ。
(ほれ、あんまし悶々としてんやないんよ、な~んかロクなこと考えへんのやからね、ミーシャ。)

 
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