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聖母の実像

 さて今日もまた、大真面目に「中身のない」文章を書いている「スカスカの」私。今日は火曜日、映画のお話。2枠目の今週は「洋画」、最近女性の権力者が多くなったという所からこんな映画のお話です。
(おや、ようわかっとるやないの、ミーシャ。と言うても最後は「お約束の」締めでしょ?)

 女性の権力者と言っても実際に統治する方もいてれば、「良き妻として」という方もいてます。前者であればアンゲラ・メルケル(ドイツ)、あるいは朴槿恵(韓国)(予定)、ちょっと古い所でサッチャー(イギリス)や則天武后(古すぎるよ、ミーシャ!)後者であればナンシー・レーガン(アメリカ)、陸英修(韓国)(それ、誰やの?)(注釈)といったところが、その例です。以前にお話しした「ミーシャのパパ」はアルゼンチンの出です。(ホントの父親ではありません。また決して『援助交際相手』でもありません。)そのアルゼンチン、ミーシャのおばあちゃんの世代が目の当たりにした「La Santa Evita」(聖エビータ)、「エビータ」という映画(1996年 アメリカ)があります。今日はこのお話にてお付き合いください。

 この映画は第2次大戦前後のアルゼンチンにおいて、「聖母」といわれた人物、マリア・ドゥアルテ・エヴァ・ペロン(エヴィータ)という実在の女性の聖と俗をモデルにしたミュージカルを映画化したものです。エビータ(何とあの『マドンナ』)とチェ(アントニオ・バンデラス)という狂言回し役の男性との掛け合いミュージカル的な展開でお話は進んでいきます。(そのため、セリフはミュージカル調になっているため、「吹き替え」ができないんです。)

あらすじはこんな所で…。
 「1952年7月26日、貧しい労働者に生きる希望を与え“聖母エヴィータ“と慕われた大統領夫人エヴァ・ペロン(マドンナ)が死去した。語り部のチェ(アントニオ・バンデラス)は、彼女の人生を回想し始める…。田舎町のロス・トロドスで生まれたエヴァは、貧しいだけでなく、私生児だったために不遇な少女時代を送った。何とかその生活から這い上がるために女優を志した彼女は、タンゴ歌手アグスティン・マガルディ(ジミー・ネイル)の愛人となり、首都ブエノスアイレスに向かう。まだ15歳の時だった。1930年代の夜のブエノスアイレスは南米のパリと称される芸術と文化の中心地で、その大都会で彼女は成功の日を夢みて辛い下積み生活に耐えるが、世間の風は冷たかった。そんなある時、彼女のパトロンだった石鹸会社社長が提供しているラジオ番組に出演が決まり、これが彼女に一大転機をもたらした。番組は好評を博し、一躍全国に名が知れ渡った彼女は、エヴィータの愛称で親しまれた。ブエノスアイレスの上流社会入りしたエヴァは、連日連夜、慈善イベントやパーティに顔を出し、その妖艶さにますます磨きをかけていく。陸軍大佐ホワン・ペロン(ジョナサン・プライス)は当時の軍事政権を動かす有力将校であり、エヴァ同様、人生で功逐げ名を成したいという強い野心を持っていた。同じ理想を持つ2人はたちまち恋に落ち、世紀のラブ・ロマンスが花開いた。だが、二人三脚で支持層を広げていく2人は、既成の権力組織や軍事関係者の反感を買い、1945年にペロンは副大統領を辞任させられ、監禁されてしまう。エヴァはラジオの影響力を利用して、愛する人を守るため、「デス・カミサドス(労働者)よ、ペロンを救い出せ!」とマイクに向かって呼びかけた。やがて危機が回避されると2人は結婚し、労働者層に絶大な支持を得たペロンは1946年6月、大統領に就任する。ついにファースト・レディとなったエヴァは夫の右腕として次々に自分の夢を実現させ、新生アルゼンチン政府の象徴として国民の憧憬を一身に集めた。有名な“レインボー・ツアー(虹の使者)“でヨーロッパ各国を歴訪。婦人参政権を獲得し、貧しい人々を助けるエヴァ・ペロン財団を設立するなど、精力的に活動を続ける。しかし、富と名声をを得て絶頂を極めた若く美しい彼女は病魔に冒されていた。末期の子宮ガンと診断された彼女は、ペロンの再選を応援するために、最後のラジオ放送で支持を呼びかける。そして、彼女は33歳の短い人生に幕を降ろし、アルゼンチン中が悲しみに暮れた。(このシーンは映画の冒頭の入りに出てきます。)

 ミーシャのおばあちゃん曰く、「この映画はかなり脚色が入っている。私たちが見ていたエビータはこのイメージではない」と言うてました。また主役のマドンナはプロモーションでアルゼンチンに行った際に「大ブーイング」を浴びたのですが、この理由が「この映画は「La Santa Evita」(聖エビータ)を貶めるものだ」という拒否反応の果てなんです。

 とはいえこの映画、マドンナのミュージック・クリップとしてみれば結構良くできています。特にカーサ・ロサーダ(ブエノスアイレスにある大統領官邸、壁の色がピンク色のためにスペイン語でこう呼ばれる)で群衆を前に一曲やるシーン、最後に死の直前でやる「Lament」なんて結構考えさせられます。
(確かに、この映画はマドンナの曲ば~っかりやったいうイメージがあるわね。せやけど、今日のはうまい事まとまったんやないの、ミーシャ?)

(注釈)陸英修(1925-1974) 韓国、朴正煕大統領(当時)の夫人。現セヌリ党大統領候補、朴槿恵の母親。夫の大統領就任後は、政治外交史や歴史学、英語など多方面に亘って、著名な大学教授達から毎週講義を受けることで、政治と社会問題に視野を広げ続け、ファーストレディとしても、韓服姿に穏やかな表情によって、国民に素朴な印象を与え続けた人物です。

 家庭でも主人に尽くす妻だったと伝えられています。また、福祉・教育に深い関心を持ち、幾度となく孤児院や保育園へ足を運び、子供の為の福祉財団である育英財団を設立し、子供大公園や子供会館の建立を主導するなど子供達への教育・福祉に対する政策を広げるなどしました。他にも、ハンセン病患者達が収容されている施設を訪問して、自活支援事業を展開する、貧困者を対象とする職業訓練施設を設立する、ベトナム戦争に派遣された将兵達の家族への慰問と慰労を重ねる、災害現場へも自ら直接出向き、被災者達を親しく慰め、勇気づけるなど、積極的にファーストレディとしての役目を果たし続けました。私生活においても、使用人達の面倒を見る寛大な性分で、周囲の尊敬を受けた事でも知られていました。

 こうした行いから、「国母」と呼ばれ尊敬されていました。朴大統領が学生運動などを抑え込むなど強圧的な姿勢で対峙し、国民からの評判も決して良くなかった時代の中で、朴大統領に反感を持つ人でも、陸夫人には好意的な印象を持つ国民も多く、1974年、北朝鮮の工作により、在日韓国人が日本の警察官の拳銃を盗んで引き起こした文世光事件による死亡は国民のショックも大きいものでした。
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