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青い馬と蛇

 さて昨日はお仕事終わらせて久々にプールに行って、その後はバレーボールを見ていた私。今日は日曜日、ミニカーのお話。3枠目の今週は「フェラーリ あるある」、今日はこんなお話です。
(これ、ま~た「この子はいい!」とか言うてたんやろ、ミーシャ。)

 世界の自動車メーカーにとっての最大の市場は現在は中国ですが、その前はアメリカ、北米市場でした。それでもまだ2位の規模を持っていますが、フェラーリにとってもアメリカは「重点市場」なわけで、またアメリカにちなんだ車名も色々とあります。(340アメリカ(1951年)、250カリフォルニア(1960年)、スーパーアメリカ(2005年)、カリフォルニア(2008年)などなど)そしてこのフェラーリとアメリカを結び付けたのはマリオじゃなかったルイジ・キネッティという人物です。

 1949年に再開されたルマン24時間レースで優勝を飾った際のドライバーを務めたルイジ・キネッティは、戦争中にアメリカに亡命していました。かの地の自動車マーケットをつぶさに見ていた彼は、エンツォに市販スポーツカーを作って売るように進言していました。キネッティの思惑通り、レースでの活躍で名声が広がるとアメリカの富裕層が競ってフェラーリの作るロードゴーイングカーを買い求めるようになります。レースで勝ち、そこで得られた経験を生かして作ったスポーツカーを販売するというサイクルが確立されました。この方法は「母」であるアルファ・ロメオが戦前に行っていた手法を受け継いだわけです。

 なお、ルイジ・キネッティはこの後、アメリカ東海岸でのフェラーリのディーラーを長いことやっていました。また、ハリウッド(高級住宅街の代名詞、ビバリーヒルズがあったということもありますが、その実はセレブによる宣伝効果を狙ったともいわれています。)をはじめとする西海岸にもその販路を広げます。そしてフェラーリの別動隊となる「NART」(North American Racing Team)という団体を立ち上げ、デイトナ、セブリングなどのレースにも出場していました。その際の車体は赤ではなく青、意外に思われるかもしれませんが、青色はイタリアにとっては重要な色でして、各スポーツのイタリア代表チームのユニフォームが青いのは、かつてのイタリア王国の王家ことサヴォイア家からきているとされています。(サッカー、バレーボールなど)ただ、年ごと、競技ごとに微妙に色味は違います。

 ということで今日のお話はここまで。これからお食事して、テニスに行って、車を洗ってと今日もドタバタになりそうです。
(ほれ、あんましあれもこれもとやらんようにね、ミーシャ。)
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