すずふり亭

 さて昨日は実家に行って、70のじいさん1人ではとても無理な1本20Kgのタイヤ4輪換えて、再び、肉とワインの日々だった後は、冬の訪れを感じる私。そしてその裏で、FIFAワールドカップ(TM)のヨーロッパ予選のプレーオフ、よもやイタリアが60年ぶりに本大会出場を逃すかもしれないという事に腰を抜かしかける今日は月曜日、プールのお話。3枠目の今週は「選手」、もうすぐ始まる「イトマン招待水泳競技大会」から、こんな選手のお話です。
(これ、パパがありがとうっていうとったよ、ミーシャ。)

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 今月はこの方。イトマンといえばこの方という方も多いかもしれない「千葉すず(現姓 山本)」です。1975年(昭和50年)8月11日、横浜市保土ヶ谷区生まれ、バルセロナ、アトランタ五輪の代表選手です。5歳から競泳を始め、小学校5年生の時、400m自由形で日本学童新記録を樹立し、一躍脚光を浴びます。近畿大学附属中学校入学と同時にイトマンスイミングスクールへ。(イトマンと近畿大学はそれなりの関係がありました。)日本選手権で3冠を達成するなど、国内では無敵を誇り、1991年の世界水泳選手権(オーストラリア、パース)400m自由形で3位に入り銅メダルを獲得。同年カナダのエドモントンで行われたパンパシフィック水泳選手権では200m自由形と400m自由形で銅メダルを獲得しました。

 しかし、バルセロナ五輪、そしてその4年後のアトランタ五輪ではメダルに手が届かず、さらにはこのアトランタ五輪の最中にマスコミとひと騒動がありました。世に言う「メダルキ×ガイ」発言事件ですが、この後にしばらく競技からは離れていましたが、1999年に突如復帰、翌2000年のシドニー五輪を目指すことになります。ここで彼女は選考会にて、日本水連が代表選考の条件の一つとしていた、国際水泳連盟(FINA)が指定する五輪A標準記録を突破して200m自由形で優勝したにも関わらず、シドニー五輪代表には選出されず落選となりました。千葉はこれを不服として、スポーツ関連問題を一括して取り扱う国際機関「スポーツ仲裁裁判所」(CAS Court of Arbitration for Sport)へ提訴しました。千葉の訴えは全面的には認められなかったものの、裁定では日本水泳連盟側にも選考基準の曖昧さがあったことを認め、訴訟費用の一部負担を言い渡しました。シドニー五輪には出場を果たすことなく、そのまま現役引退となりました。

 この騒動をきっかけに(に懲りた)日本水泳連盟は「派遣標準記録」というものを明確に打ち出し、競技力に関しては、決勝進出レベルを狙える選手でなければ、派遣しないという方針を採るようになりました。当時は「日本選手権で2位以内=オリンピック内定」というのが競泳界の常識でした。それが千葉すず問題によって、統括団体の選考が意味を持つようになったために、CASの裁定に沿った形で条件を具体化させるようになったわけです。

 引退後はアメリカで「ビクトリーベル」という会社の役員(カリフォルニアで水泳教室をやっています。)をしていましたが、2002年に同じイトマン時代の知人、山本貴司(バタフライの元日本記録保持者です。)と結婚し、現在は4児の母です。

 という事で今日のお話はここまで。その運命の試合はイタリア、ミラノであと7時間後に行われます。第1ラウンドはスウェーデンがホームで1-0で勝っていますので、最低でも2-0でないとまずいことになります。さてどうなりますか、明日のガゼッタ(イタリアの有名なスポーツ紙です。)の見出しはどうなるか?私もちょっと楽しみです。
(これ、早い事晩ご飯食べてしまいや、ミーシャ。)
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