ピりとビリ

 さて昨日はお仕事終わって、お皿を黙々と積み上げてきた「コツコツの」私。そしてプロ野球はストーブ・リーグの季節となりまして、大和のFA去就がちょっと気になる今日は水曜日、巨大建造物のお話。2枠目の今週は「スタジアム」、今日はこんなお話です。
(これ、アンタが皿を積み上げるのはよう目立つんやわ、ミーシャ。)

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Arena Filip Vtori 3806_convert_20171108054327

 今月はこちら。かなりマニアックな場所になりますが、マケドニアのスコピエというところにある「ピリッとしない」じゃなかった「ピリッポス2世アレナ」というスタジアムです。収容人員33460人、今年のサッカーのUEFAスーパーカップの会場にもなりましたが、元々は1947年に完成し、2008年まで「スコピエ・グラドスキスタジオン」(スコピエ市立スタジアム)と言う名称でした。FIFA基準に合わせた拡張と改修工事が2009年に開始され、33460人が収容可能なスタジアムに刷新され、ヘルススパやフィットネスも備えられました。

 またこの名前の元になったピリッポス2世という人物は紀元前4世紀のアレクサンドロス3世(大王)の父親で、ギリシアの弱小国であったマケドニアに国政改革を施し、当時先進国であったギリシア南部の諸ポリスにも張り合える強国に成長させた人物です。カイロネイアの戦いでアテナイ・テーバイ連合軍を破り、コリントス同盟の盟主となってギリシアの覇権を握りました。そのため、「マケドニア」とは、マケドニア共和国のほかにギリシャ(ギリシャ領マケドニア)やブルガリア(ピリン・マケドニア)、アルバニア(マラ・プレスパおよびゴロ・ブルド)にもまたがる地域の名称です。この歴史的経緯から旧ユーゴスラビアから1991年に独立した際に周辺国との紛争の種を抱えることになります。マケドニア地域の南部を領有し、その地域名として既にマケドニアの名を使用していたギリシャ政府は、マケドニアに対し国名を変更するように強く抗議しました。そのため、1993年に「マケドニア旧ユーゴスラビア共和国」を国際社会における暫定的呼称として、国際連合へ加盟しました。これ以後、多くの国々や国際的組織は、暫定名称の「マケドニア旧ユーゴスラビア共和国」(The Former Yugoslav Republic of Macedonia、略称「FYROM」) の名で、この国との関係をもったのですが、今ではほとんどが「マケドニア共和国」という名でこの国との関係を持っています。また東のブルガリアは「マケドニアはブルガリアの一部」として潜在的な領土欲があり、南のギリシア同様、この国の不安定要素になっています。

 という事で今日のお話はここまで。外は雨が降りそうですが、今日もピリッと締めましょという次第です。
(ほれ、ピリッとさせんといかんよ、ミーシャ。)
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