耐え忍ぶ

 さてそろそろ今後が気になる中、真面目にお仕事して、プールに行っての「ドタバタな」私。今日は火曜日、映画のお話、今週は「番外」ということですが、以前に「子役」について書いているため(タイトルは「長~く愛して」(2011年9月)という題です。)、ここの分がドラマが一個飛んでいたということで、今日はこんなドラマのお話です。
(これ、ミーシャ、案外アンタもよう覚えてんやね~。)

 NHKの連続テレビ小説、現在は20%いったらまあまあですが、この当時は30,40%は当たり前の時代でした。そこで登場するのが「おしん」(1983年(昭和58年) NHK)です。NHKテレビ放送開始30周年記念作品、連続テレビ小説の定番である「戦中と戦後の混乱期を逞しく生きた女一代記」の一つです。放送中の平均視聴率は52.6%、最高視聴率62.9%。これはビデオリサーチの統計史上、テレビドラマの最高視聴率記録となっています。(もう2度と破られないかもしれません。) 

あらすじはこんなところで…。
明治34年(1901年)、山形県最上川上流の小作農の父・作造(伊東四朗)、母・ふじ(泉ピン子)の三女として生まれたおしん(小林綾子)は、家が貧しく9人の大家族(祖母、両親、おしんを入れて6人の兄弟姉妹)の食事にも事欠く中、7歳の春、学校へ行けると喜んでいた矢先に、米1俵と引き換えに材木問屋へ子守り奉公に出される。そこで、おしんは早朝から夜遅くまで、満足な食事も与えられず働かされる。それでも、弱音を吐かずに耐えるおしんだったが、店の財布から50銭銀貨(現在の貨幣価値に直して、約1万円ほどです。この場合は1万円札がなくなったと考えると、わかりやすいでしょう。)がなくなったことで、疑いをかけられたことに我慢できず、吹雪の中、飛び出してしまう。実家に帰ったものの、貧しい家にはおられず、今度は酒田の米問屋・加賀屋に奉公する。おしんの根性と辛抱する心を高く買った女当主・くに(長岡輝子)に可愛がられ、習字やそろばん、帳簿付け、生け花、茶の湯、行儀作法を教えられる。

大正5年(1917年)、山形・酒田。おしん(田中裕子)は16歳の春を迎えていた。ある日、おしんは農民運動で警察に追われている高倉浩太(渡瀬恒彦)を助けたことから、想いを寄せるようになる。しかし、浩太は加賀屋の娘・加代(東てる美)と駆け落ち同然に東京へ。傷心のおしんは、8年勤めた加賀屋を去って実家に帰るが、姉の薦めもあり、東京に出ることを選ぶ。浅草の髪結いの師匠・長谷川たか(渡辺美佐子)のもとでの修行は、3年間給金をもらえない下積み生活。だが、当時、女性が独り立ちできる職業だった。おしんは骨身を惜しまず働き、先輩を抜いて客のところに出向いて髪を結うまでになる。そんなおしんに好意を寄せたのは、佐賀の士族の出の豪農、田倉竜三(並木史朗)。おしんも20歳になっていた。過労で倒れたおしんを見舞い、気遣う竜三の求婚をおしんは承諾する。小作農の娘とは身分が違うという竜三の母・清(高森和子)の反対を押して、2人は祝言をあげる。結婚4年目には長男・雄も誕生。竜三とともに苦労しながら田倉商会の経営を軌道に乗せる。しかし、幸せは長く続かなかった。不況のうえ、工場完成祝賀会のまさにその日、関東大震災が起こり、竜三の商売は破たん。一家は、竜三の佐賀の実家へ身を寄せることになる。しかし初めから結婚に反対していた姑は、勝手に一緒になった挙句の果てに無一文となって転がり込んだと、嫁のおしんにつらく当たる。それでも賢明につかえるおしんだったが、2年後、娘を死産して心身ともに傷つくと、夫を残し、長男を連れて東京へ帰り、さらに山形の実家に戻る。しかし、実家にも、もはやおしんの居場所はなく、酒田で一膳飯屋を出す。おしん25歳、大正14年(1925年)のことである。その後、おしんは初恋の人・浩太の取り計らいで、三重県の伊勢に移り、魚の行商を始める。おしんの後を追ってきた竜三との関係も修復し、次男、次女も生まれて幸せな時期を過ごすが、それも戦争が踏み潰してしまう。昭和20年(1945年)、津で大規模な空襲に襲われた翌日に長男・雄の戦死の報が届く。そして、軍の納入業者として羽振りの良かった夫の竜三も、敗戦のショックから「私の人生で一番素晴らしかったことは、おしんに巡り合えたことだ」と言い残し、8月15日に自ら命を絶ってしまう。おしんは、またもやゼロからやり直すことになってしまう。

戦後、おしん(乙羽信子)は、裸一貫から魚の行商として再出発。戦後の混乱から高度経済成長の時代、おしんは必死に働き、生鮮食料品の店を出し、それを大きくする。そして、昭和42年(1967年)の春。67歳になったおしんは20人の従業員を抱えるスーパー「たのくら」の経営者となっていた。実質的な経営は、次男の仁(高橋悦史)に任せていたが、仁は堅実な商売を続けようとするおしんの反対を押し切り、積極的なチェーン展開を行う。やがて、三重県下に16の店を持つ中堅スーパーに拡大。昭和58年(1983年)、17店目が開店するその朝、83歳になったおしんは独りひそかに旅に出る。故郷の山の中で静かにつぶやいたおしんは、生きた足跡を振り返えるように酒田、東京、佐賀、伊勢と歩き続ける。

 このドラマは社会現象になったほどの話題作になり、今でも再放送などが結構あります、また日本国外でも放送され、放映時間に停電が発生、放送を観られないことに怒った視聴者が電力会社やテレビ局に大挙押し掛け、投石や放火等の暴動を起こすという事件があった(エジプト)とか、ちょっと笑えないお話も多々あります。また普段は見られない子供たちのために、夏休みの間に再放送をやった(と言っても本放送の間は先生は「職員室のテレビで見ていた」んですが…。)などがあります。

 ということで今日のお話はここまで。私もおしんのように耐え忍ぶ日々が続きますが、最後はいいことあるといいなと思う次第です。
(これ、ミーシャ。お姉ちゃんもアンタにええ事あったらいいなって思ってんよ。)
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