早熟の弊害

 さて浅田真央の引退劇に世間が美談じみたネタをやってるのを尻目に、「やっぱり最強はカタリーナ・ヴィット、真央や真凜なんざ足元にも及ばない」と思ってる「頭の中身が古い」私。今日は木曜日、テニスのお話。2枠目の今週は「選手」、今日はこんなお話です。
(これ、アンタもマニアックなネタば~っかり持ってきてんやないんよ、ミーシャ。)

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 今月はこの方、ジェニファー・カプリアティ(Jennifer Capriati)、1976年3月29日、アメリカ、ニューヨーク生まれの右利き、バックハンド両手打ちのこの方、1989年、フレンチオープン・ジュニア(18歳以下)を史上最年少で制し、USオープン・ジュニアでも優勝。1990年に13歳でプロに転向するとプロデビュー戦で、いきなり準優勝を果たします。この際に大手のメーカーが契約金を積むという「鳴り物入り」の事態で翌1990年にプロ入りします。初の4大メジャーとなった1990年のフレンチ・オープンでは史上最年少のベスト4進出者になります。その後はバルセロナ五輪の金メダル、「天才少女」の名を欲しいままにしたが、その後、「バーンアウト」(燃え尽き症候群)に陥り、マリファナ不法所持(1994年)、宝石万引きで逮捕されるなど「汚れた少女」へと転落してしまいました。(この「バーンアウト」対策として、WTA(女子テニス協会、WTAつあーのうんえいもとです。)は1995年に掲げたプロ開発10年計画に、年齢による出場数の制限を定めました。プロ宣言は14歳まで認められず、14歳の選手は年間7大会とフェドカップだけ。15歳は9大会、WTA選手権、フェドカップだけなど17歳まで出場する大会の数に制限を加えています。)  

 しかし、1996年にツアー復帰、1999年にかつての名選手、ハロルド・ソロモンをコーチに迎えいれると、カプリアティはふたたび自信を取り戻します。2000年の全豪では準決勝でリンゼイ・ダベンポートにストレート負けを喫したが、観客はカプリアティの復活に惜しみない拍手を送りました。そしてその持ち前のフォアハンドの強打で2001年、2002年に4大メジャー3勝、しかし2004年以降は試合から遠ざかっています。

 ということで今日のお話はここまで。ややこしい上との関係に悩む私もちょっと難儀な部分はありますが、今日も1日、頑張りましょ。
(ほれ、あんまし気にせんようにね、ミーシャ。)

 
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