東西の後

 さてややもするとややこしいお話を抱える中で、今日も真面目にお仕事していた私。今日は火曜日、プールのお話。4枠目の今週は順番入れ替わった関係の「選手」、今月はこんなお話です。
(これ、あんまし気にしたらいかんよ、ミーシャ。)

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 今月はこの方。女子の200m自由形の元世界記録保持者、フランツィスカ・ファン・アルムジック(Franziska van Almsick)(旧東ドイツ → ドイツ)という方です。1978年4月5日、旧東ドイツ、東ベルリン生まれ、7歳で東ドイツ(当時)の名門、ディナモ・ベルリンでキャリアをスタートさせます。その後、11歳の時にジュニアの国内チャンピオンになり、統一後の1992年、14歳でバルセロナ五輪に初登場することになります。(この時に、同じ14歳の選手として岩崎恭子がいます。)そしてその2年後の1994年、ローマでの世界選手権で200m自由形で1分56秒78の世界新記録、この記録は2002年まで破られませんでした。そしてそれを破ったのも彼女自身、地元ベルリンで1分56秒64の再びの世界新記録、結局彼女は2007年にフェデリカ・ペレグリーニ(イタリア)に破られるまで、都合13年間、世界記録保持者になっていました。

 しかししかし、「天は二物を与えず」とはよく言ったもので、彼女はオリンピックの金メダルとは縁がありませんでした。オリンピックはバルセロナ、アトランタ、シドニー、アテネと4度出場したものの、銀メダル4つ、銅メダル6つという結果でした。一番エグかったのは1996年のアトランタ五輪、彼女はヨーロッパ選手権2連覇中、おまけに世界記録保持者と金メダルの大本命に挙がっていました。しかし結果は2位、ここから彼女と金メダルとの「仁義なき戦い」が始まるわけです。(間違っても、カタカナ3文字の自由業の方が出てくるわけではありません。)ヨーロッパ選手権は短距離の自由形(50m、100m、200m)3冠など、金メダルに縁がないわけじゃないのに、ここまで勝てなかったのはなぜ?と思う次第です。2004年のアテネ五輪後に現役を引退し、現在は2児の母、また各種スポーツ財団の役員となっています。(ここで、自分ところの財団に友人の政治家を使って献金させたわけではありません。)

 ということで今日のお話はここまで。ちょっと難儀な部分はまだまだ続きますが、そろそろ4月以降のお話も出てくる頃です。さて、どうなりますかというところも気になる次第です。
(ほれ、あんましあれこれせん方がアンタにはええと思うよ、ミーシャ。)
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