五輪のため

 さて昨日は再び、大真面目にWBCを見て、「最初の下馬評は何だった?」と思う私。今日は水曜日、巨大建造物のお話。3枠目の今週は「サーキット」、今日はこんなお話です。
(確かに、始まるまでは「今回はあかんよ」って言われとったけどね、ミーシャ。)

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 今月はこちら。ブラジル、リオデジャネイロにある「ネルソン・ピケ・サーキット」(ジャカレパグア)です。全長5031m、1977年に開場しました。元々湿地帯を埋め立てて造ったため、コースとしては比較的平坦です。そのため、ドライバーからはあまり評判は良くありませんでした。1978年、F1が初めてここにやってきた後は、1980年代のブラジルGPはすべてここで行われました。1988年、このサーキットは地元のスタードライバー、ネルソン・ピケの名前をかぶせて、「ネルソン・ピケ・サーキット」と改称されました。(2017年現在、自分の名前を冠したサーキットでレースをやったことがあるのは後にも先にもこの方だけです。)

 その後再び、インテルラゴスへ移ったF1は、再びここに戻ってくることはなかったのですが、ストックカー、オートバイのブラジルGP、1995年にはオーバル・トラックを増設してCART(インディカー)などで使用されました。しかし、2007年のパン・アメリカン・ゲームスでサーキットの東半分が閉鎖され、さらには去年のリオ五輪では競技会場の一部となる「リオ・オリンピック・パーク」が建設されたために、ここからサーキットはなくなってしまいました。

 コースはこんなものです。
(1)モリコテ  第1コーナーです。1989年、ポール・ポジションからスタートしたセナは内側からベルガーのフェラーリに並ばれ、外からはパトレーゼのウィリアムズに差されかかった中で、3台並んでこのコーナーに侵入します。ところが、このコーナーは3台並んで抜けられるほど甘くはなく、ベルガーは押し出されてスピン、セナもフロントのウィングを破壊されてしまうことになります。
(2)ノナト   バックストレートに入る1つ手前のコーナー。1982年、ブラバムのネルソン・ピケとフェラーリのジル・ヴィルニューヴが激しいトップ争いをやりました。
(3)ノルテ   ここを抜けるとバックストレートに入るコーナー、1984年、ディレック・ワーウィックが初優勝に向けてひた走るのですが、終盤にフロント・サスペンションにトラブルが出て51周目のこのコーナーでスピンしてリタイヤすることになります。
(4)スル    バックストレートの終わりに出てくるコーナー、1986年、ウィリアムズのマンセルはロータスのセナのインを突きます。しかし行き場がなくなってしまい、縁石にひっかけてリタイヤしてしまいます。
(5)ヴィトーリア 最終コーナーです。1985年、「F1微笑み黒魔術」アラン・プロストがフェラーリのアルボレートを執拗に追い回し、最後はシフト・ミスをしたアルボレートを抜き去りました。

 ということで今日のお話はここまで。今日はお休みですが、墓参りその他、やることは結構ございましてという中で、今日も1日、頑張りましょ。
(ほれ、その辺は段取りよく終わらせや、ミーシャ。)
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