夫婦そろって

 さて最近、例の問題になっている学校法人の出来事、この学校はウチとこから自転車で10分ほどのところにあるんですが、「もしも、認可が下りなければ、どうなるんでしょ?」と思う「下世話な」私。今日は木曜日、テニスのお話。2枠目の今週は「選手」。今月は最近持ち上がった「トランプの入国拒否」からこんなお話です。
(これ、アンタも最近、どないやの、ミーシャ。パパもママも「どないかな?」っていうとってやったよ、ミーシャ。)

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 今月はこの方、1990年代のアメリカ四天王の1人、アンドレ・アガシ(Andre Kirk Agassi )です。1970年4月29日、アメリカ、ネバダ州ラスベガス生まれの右利き、バックハンド両手打ちのこの方、父親はイランからの移民者で、アルメニア系の元ボクシング選手であり、4人兄弟の末っ子として生まれ、4歳からテニスを始めた。13歳の時、彼はフロリダ州ボカラトンにあるニック・ボロテリー・テニスアカデミーに入学した。1986年に16歳の若さでプロ転向。1988年にはツアーでも年間6大会に優勝して、18歳で世界ランク3位に躍進しました。そして1992年には「意外にも」芝生のウィンブルドンで4大メジャー初優勝、1990年代中盤に1度目の絶頂期を迎えます。

 しかし、極度の低迷に陥り、1997年末は一時世界ランキングを141位まで落としたこともあります。(この当時はチャレンジャー・ツアーと呼ばれる比較的小さい大会をコツコツと回っていました。)しかし、当時のコーチであったブラッド・ギルバートの指導により、徐々に復調を果たします。1999年全仏オープン決勝で、アガシはアンドレイ・メドベデフに2セット先取されてからの大逆転で破り、1969年のロッド・レーバー以来30年ぶり史上5人目のキャリア(生涯)・グランドスラムを達成しました。(この後、フェデラー、ナダル、ジョコビッチも達成しています。)この偉業で再び波に乗ったアガシは、同年の全米オープンで5年ぶり2度目の優勝を遂げ、2000年全豪オープン・2001年全豪オープンで大会2連覇を果たし、2度目の絶頂期を迎えました。しかし、2000年代も中盤に入ると、アガシのテンポの速いテニスを上回るテニスをする選手が出てくるようになり、アガシは徐々にツアーで勝てなくなっていきました。2006年、USオープンを最後に現役を引退すると表明、2011年には国際テニス殿堂入りを果たしています。

 プレースタイル的にはライジングショット、リターンを得意とした1990年代から2000年代前半有数のグラウンドストローカーです。その相性から、1990年代~2000年代前半のビッグサーバー達(シュティヒ、ロディック等)をカモにしていたのですが、クーリエ、チャン等グランドストローカー同士には苦戦することもありました。この当時はサンプラス、イヴァニセヴィッチといったビッグ・サーバー有利と言われていた時代であり、それを打ち破るためには速い球であろうが食い込まれようが、どんな球でも叩けるスタイルが要求されました。そのため、よりコンパクトで全身を使うスイングがそれを可能にしました。ただ、ボールをより近くで的確に捉える必要があるので、ある程度コースを予測してのギャンブル的なリターンになってしまいます。つまり、リターンエースは多いが、逆にサービスエースを食らう数もアガシのほうが多いということになります。またその強打だけが注目されがちですが、意外にも決してラケットを振り回しただけではなく、球を拾うよりも、組み立てと速いテンポで相手を追い詰めるスタイルだったといえます。また、特徴である全身を使ったショットは、打ち終わりにタイムロスが発生したため、実際よりもストローク戦における俊敏なイメージが少なくなった部分があります。ただ、ストローカーとして不足のないフットワークは持っているものの、俊足の選手ではなかっんです。とはいえ、驚くべき所は同年代の選手達の中でも2000年になってもまだ強かった数少ない選手です。ボールの威力は晩年のほうが強く、サーブの時速200km超もしばしばでした。プレースタイルは21世紀になっても古くならなかったのが脅威といえます。

 またバツイチの後、2001年には、かつての女王、シュテフィ・グラフと結婚、この結婚は2人の間に「相互扶助」を生むことになります。何のことかというと、2005年、アガシは当時、契約していたナイキから契約の解除を通告されます。(この理由がフェデラー、ナダル、セレナ・ウィリアムズ、シャラポワの4人に経営リソースを集中させるためと言われています。同時期に切られた選手の中にはレイトン・ヒューイットがいます。)ここで一肌脱いだ(間違っても、ホントに脱いだわけではありません。)のは奥様のグラフ、そのコネを使って、なんとなんと、アディダスに話を通して3本戦の靴と服を着せるという芸当をやってのけます。これには私も腰を抜かしました。(また、この後、逆にグラフがウィルソンともめた際に、自分が使うヘッド社に話を持ち込んだのはアガシだといわれています。)

 ということで今日のお話はここまで。とりあえず、今日も何とか書いたわけですが、「♪」をどうするかを悩む次第です。
(ほれ、あんまし無理せんようにね、ミーシャ。)
 
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