男でも、女でも

 さて最近寒~い日が続く中、このお部屋もだ~れも来ないことに寒々とする「おかんな」私。今日は木曜日、テニスのお話。2枠目の今週は「選手」、今日はこんなお話です。
(おや、今日はあのダラダラした入りやないんやね、ミーシャ。)

mauresmo.jpg

 今月はこの方、フランス人の女性としては史上初めて世界ランキング1位になったアメリ・モレスモ(Amélie Mauresmo)という選手です。1979年7月5日、フランス、パリ郊外のサン=ジェルマン=アン=レー生まれ、右利き、バックハンド片手打ちのこの方、その片手打ちバックハンドで有名でした。

 元々彼女は1983年、4歳の時に地元のヤニック・ノアがフレンチ・オープンで史上初めての地元優勝した試合を見て、テニスを始めました。1996年にフレンチ・オープンとウィンブルドンのジュニアの部で優勝後、1998年からプロ・ツアーでその名を聞くことになります。そして1999年、年明けのオーストラリアで、ノーシード(シード選手上位16人(この当時)以外のことです。下手したら1回戦で第1シードとやりうる可能性もありました。)から、決勝まで勝ち上がり、一躍、世に知られることになりました。2002年ごろから世界ランキングトップ10に定着、2004年にはフランスの女子選手として初めて世界ランク1位になります。そして2006年にはキャリアの絶頂期を迎え、レジオンドヌール勲章(注釈)をもらうほどでした。しかしその翌年から成績は落ち始め、4大メジャーでもベスト8以上に勝ち上がれなくなりました。2009年、彼女は現役引退を表明します。その後は女子のフランス代表チームの監督などを歴任しています。

 そして話題になったのは「レズビアン疑惑」、1999年のオーストラリアで対戦相手が口々に「男性と試合をやっているようだった」と語り、決勝戦の相手、マルチナ・ヒンギスは「半分、男よ。」とのたもうたことから浮上しました。そしてこれは本人も公言していました。とはいえ、女性ばかりではなく、2014年から15年にかけては、現在の男子の世界ランク1位、アンディ・マリーのコーチになったこともあります。これは非常に珍しい組み合わせで、文化によって程度の差はあるにしろ家庭を持つ女性が家を空けるのは男性よりも難しいといわれています。実際、妊娠を発表したモレスモもしばらく〝産休〟に入っていました。「女性でもできる」ならこうしたハンデのある女性よりも男性のままでいいということになるわけですが、それを変えるきっかけになったマリーの言い分は当時は異端視されていました。(ただ、現状を見ても女性の指導者はさほどいるわけではありません。) 

 ということで今日のお話はここまで。今日も寒い中ですが、1日頑張りましょという次第です。
(ほれ、ミーシャ。風邪ひかんようにね、これからちょっとドタバタになるんやからさぁ。)

(注釈)レジオンドヌール勲章(L'ordre national de la légion d'honneur(フランス語)/National Order of the Legion of Honour(英語))
19世紀、ナポレオン政権当時に制定された勲章です。フランスへの「卓越した功績」のあった「軍人もしくは市民」に与えられます。ordre(オルドル)とは騎士団のことであり、これを基にしたヨーロッパ独特の栄典制度を指します。日本の勲章のように毎年選ばれるのではなく、加入(叙勲)と昇進は、軍団総長たるフランス共和国大統領の政令により、3年ごとに割り当てられた定数の範囲内で行われます。この定数は大統領と各省庁に割り振られ、省庁は提案を軍団総裁へと送付します。また叙勲者はフランス政府から年金をもらえます。
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