越夏つばめ

 さて昨日はちょっと知り合いとお食事、その後で朝の5時起きで墓参りに行って、再びオリンピックを見ているその裏で、ま~だやってたプロ野球、某地方紙球団の暴君の暴走ぶりから、監督解任にまでなったことに「ドベになったらいかんわね」と思う「蜜の味」な私。今日は木曜日、テニスのお話。2枠目の今週は「選手」、このリオ五輪のブラジルから、こんな方のお話です。
(これ、そんなん言うてたら、後でえらい目に合うよ、ミーシャ。)

Maria-Bueno-BW-896x1024.jpg

 今月はこの方。1960年代にブラジル人のテニス選手として世界の頂点に立った最初の選手となったマリア・ブエノ(Maria Bueno)という選手です。現役時代はその動きから「サンパウロの燕」と呼ばれていました。1939年10月11日、ブラジル・サンパウロ生まれ、右利き、バックハンド片手打ちのこの方、14歳の時にブラジルの国内チャンピオンになります。その後はアマチュアとしてテニス・トーナメントを回っていましたが、1968年、プロ選手の解禁(オープン化)とともに、プロに転向します。

 しかし、彼女のテニス経歴には、数々の苦難もありました。オープン化措置が実施された1968年、ブエノは自動車事故に遭い、生死の境をさまよう大怪我を負うことになります。回復までに5度の大手術を克服し、長いブランクを乗り越えて1974年に現役復帰を果たした時、その強靭な精神力は同僚の選手たちやテニスの観客にも大きな感銘を与えました。この年にブエノは日本を訪れ、「ジャパン・オープン」で優勝を飾りました。この時、準決勝で対戦した沢松和子(姪は澤松奈保子です。)を破りその国内連勝記録を192で止めました。これがブエノのプロテニス選手として最初の(そして唯一の)タイトルになります。引退する前の年、1978年、国際テニスの殿堂入りを果たし、1979年に現役を引退しました。

 ということで今日のお話はここまで。そんな中、日本は決勝トーナメントまで進めませんでした。そしてこの後はブラジル、運命の第3ラウンド、「マラカナンの悲劇」「ミネイロンの惨劇」に続く第3の悪夢は再び、起こるのか?私もちょっと楽しみです。
(これ、ミーシャ。ちゃんとお部屋は片づけときや。) 
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