名車の後

 さて昨日はお仕事。ただ、あまりの馬鹿馬鹿しさに「出る気も失せる」中、その後はプールに行って、これもまた「単枠指定」になって、延々とやっていた「ワンアンドオンリー」の私。今日は日曜日、ミニカーのお話。2枠目の今週は「F1」、今月はこんなお話です。
(これ、「ワンアンドオンリー」ってお馬さんにいてへんかったかな、ミーシャ。)

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 今月はこちら。1989年からターボ・エンジンは禁止になりまして、全車3500cc、自然吸気エンジンになりました。その1発目のモデル、「MP4/5」(1989年)です。まるっきりのゼロからのシーズン、さて、どうなりますかという中、ホンダは当時としては珍しかったV型10気筒エンジンを世に送りました。普通、4ストロークのレシプロエンジンの場合、吸入→圧縮→爆発→排気ということで、シリンダーの数は偶数になることが多いのですが、ホンダはV8ではパワー的にしんどいし、かといってV12では場所がかさばるしということで、その落としどころとしてV10になりました。(ただし、将来的にはV12を前提に考えていました。)

 当時のトレンドであった吸気口をドライバーの頭の上に持ってくるデザインなどは、かなり保守的なものでしたが、これは前作のデザイナー、ゴードン・マーレイからニール・オートレイに変わったために、あまり冒険できなかったという部分があります。またホンダ・エンジンの絶対的な信頼度が逆にマシン開発を縛っていた(間違っても、私を縛っているのではありません。)部分があり、シャシー開発という点では、フェラーリ、ウィリアムズといったライバル・チームに対してやや遅れていたのは疑いのないところです。シーズン中盤、ミッションが縦置きから横置きに変更されました。これは重量バランスの問題からでしたが、その最初のレースでプロストがおかしな挙動(ここも、私のことではありません。)を見せ、セナに抜かれるということもありました。

 そしてこのセナとプロストの関係はこのシーズン、かなりややこしい関係を生むことになります。前年のエストリルでの「幅寄せ事件」以後、この2人の間にはちょっとした角質じゃなかった確執が生まれていました。そして迎えた第2戦、サンマリノGP(イモラ)でついに火を噴くことになります。このレースはベルガーのクラッシュ炎上事故が有名ですが、そのレースの再スタート前にセナとプロストの間には、『スタート直後の最初のコーナーを抜けるまではお互い勝負しない』という曖昧な表現の「紳士協定」が結ばれていました。スタートで先行したのはプロストでしたが、最初のコーナーをタンブレロとするかトサとするか(ここは以前の話「跳ね馬の道」という部分を読んでおいてください。)で2人はそれぞれに解釈していたため、セナはトサ・コーナーであっさりとプロストを抜き去ってしまいました。(1回目のスタート時はセナが先行したため問題は発生しませんでした。)

 そこでチーム崩壊を恐れたロン・デニス(彼はこの紳士協定に関知していなかったんです。)を交えた翌週の三者会談(この時期、この言葉を聞いてビクついておられる方もおりますな。)で、セナは「紳士協定は1回目のスタートのみ」「協定はトサ・コーナー入り口のブレーキングポイントまでだ」と抗弁したが、デニスに促され、最後は渋々ながら非を認め謝罪、これにより両者は一旦和解しました。しかし、今度は「和解時の話し合いの内容を口外しない」という紳士協定をプロストが破り、セナの不誠実さに対する非難を交えながらフランスのスポーツ新聞紙「レ・キップ」の記者にぶちまいてしまい、これにより、両者の間の溝は決定的になってしまいました。

 その後、ロン・デニスの説得にもかかわらず、プロストはシーズン中盤の第7戦、地元フランスGPを前にマクラーレン離脱を発表し、シーズンはプロスト優位で進んでいきます。そして第12戦、イタリアGPで「20世紀、最大の人事異動」フェラーリ入りを発表します。ここまで得点圏外が5度のセナに対して、プロストは1度、その次の第13戦、ポルトガルGPでセナは「コースの幽霊」、「いてはいけないアナタ」のマンセルと絡んでリタイヤ、その次の第14戦、スペインGPを勝って、かろうじて首の皮1枚でタイトル争いに踏みとどまったものの、ラスト2レースを全勝、ただしプロストがその2レースで3ポイント以上取ればすべてチャラというかなり不利な条件で、運命の第15戦、鈴鹿の日本GPに臨むことになります。

 予選は神がかり的なスーパー・ラップでセナがポールポジション、しかし決勝レースでまたもやプロストにスタートで先行されます。(当時は現在と逆、進行方向向かって右側(イン側)にポール・グリッドがありました。1991年から左右が入れ替わっています。)コーナーでセナが差を詰めても、プロストがストレートで引き離すという展開はしばらく続き、47周目のシケインでセナはプロストのインを突きます。しかしプロストも譲らず、2人はそのまま絡まって止まってしまいました。プロストは車を降りましたが、セナはそのまま係員に押し掛けさせて(マニュアル・ミッション車のため、押したらエンジンはかかります。)、コース脇の退避路を通って、レースに戻り、51周目にこのどさくさの中でトップにいたアレッサンドロ・ナニーニ(ベネトン)を抜いてトップでゴール、しかし、これが「審議対象」(ここで「お手持ちの投票券は最後までお捨てにならずに、持っていてください。」と言っていたわけではありません。)になり、結局セナは「正規のコースを不通過のために失格」処分、その次の最終戦でもクラッシュしたためにプロストの3度目の世界チャンピオンが決まりました。

 ミニカーはサンクス(京商)のもの(2009年)、それを修正しています、そしてお楽しみの諸元はこんなものです。

車名          MP4/5

デビュー        1989年
全長          4400mm
全高          1004mm
全幅          2130mm
ホイール・ベース    2830mm
トレッド(前)     1800mm
    (後)     1675mm
車重           505kg(燃料、ドライバー含む)

エンジン        ホンダ RA109E
形式          水冷レシプロ V型10気筒 DOHC4バルブ
総排気量        3490cc
ボア×ストローク    92×52.5(mm)
Vバンク角       72度
最大出力        685馬力/13,000rpm
圧縮比         11.5
燃料噴射システム    ホンダ製 電子制御(PGM-F1)
点火システム      ホンダ製 電子制御(PGM-IG)
燃料          シェル
オイル         シェル

駆動方式        後輪駆動方式
変速機         前進6速 マニュアル縦置き(+後退1速)
差動システム      ZF社製 リミテッド・スリップ・デファレンシャル

シャシー        カーボン・コンポジット・モノコック
サスペンション(前)  独立懸架 ダブル・ウィッシュボーン式プル・ロッド
       (後)  独立懸架 ダブル・ウィッシュボーン式プッシュ・ロッド
ブレーキ        ブレンボ社製 4輪ベンチレーテッド・ディスク(カーボン製ディスク)
ステアリング      ラック・アンド・ピニオン
タイヤ         グッドイヤー
ホイール        スピードライン 13インチ
燃料タンク容量     210リットル

デザイナー       ニール・オートレイ
ドライバー       アイルトン・セナ/アラン・プロスト

 ということで今日のお話はここまで。今日はこれから投票に行って、テニスに行って、マンションの防火設備の点検に立ち会ってと、ちょっとドタバタの中ですが、今日も1日、頑張りましょという次第です。
(ほれ、あんまし無理したらいかんよ、ミーシャ。)

 
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