ボンドも来たよ

 さて最近は雨ばかり、ホントの梅雨空を実感している中で、このお話を書いている私。今日は水曜日、巨大建造物のお話。4枠目の今週は「アリーナ」、もうすぐ、相撲の名古屋場所ということで、今回はこんなお話です。
(これ、、みんなも言うとったよ「ミーシャが早く、元に戻らないかな~」ってね、ミーシャ。)

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 今月はここです。現在の国技館は東京、両国(墨田区)にありますが、その前、戦後すぐから1984年(昭和59年)まではその川を渡った反対側の蔵前(台東区)にありました。この「蔵前国技館」が今回のお話です。1949年(昭和24年)に仮設で開場、正式にはその翌年に開場しました。収容人員11000人、相撲以外にもプロレス、ボクシングなどで使用されてきました。

 その後、1953年(昭和28年)の5月場所からテレビ中継放送が始まり、1958年(昭和33年)5月場所からは、東西2階席手摺りに自動電光掲示板が新設(十両以上の取組)されました。1955年(昭和30年)5月場所の10日目(5月24日)には昭和天皇が初めて国技館で相撲を観戦、以後天覧相撲は国技館で行われることとなります。(現在は8日目(中日)(日曜日)に天皇、皇后両陛下が来場されます。)この他にもここから始まったものは「吊り天井」(そのまま、落ちてくるわけではありません。4本の柱で土俵の上に屋根がかかっていたものです。これを取り払ったことで、見やすくなりました。)、「弓取式」(結びの一番が終わった後に土俵上で弓を受け、勝者の舞を演ずることです。)などがあります。

 1984年(昭和59年)9月場所千秋楽を最後に閉館。翌年1月場所からは現在の両国国技館へ興行場所が移りました。蔵前国技館跡地は東京都に売却し、その売却益が両国国技館建設の資金となりました。跡地は現在、東京都下水道局の処理場と「蔵前水の館」になっています。

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 他にも有名になったのは「ボンドが来たこと」、007映画の第5作「007は二度死ぬ」(1967年)でボンドは蔵前国技館で相撲を観戦します。その際に支度部屋に案内される(1階の観客通路に面して支度部屋が設けられていました。従って観客は支度部屋の様子を窓越しに見ることができ、支度部屋と土俵を行き来する力士たちを通路で直に見ることもできました。現在の両国国技館では保安などの関係から観客通路は支度部屋から分離されています。また、関係者以外は立ち入り禁止です。)のですが、この時に出てきたのは現役の横綱、佐田の山(後の出羽海親方、境川として理事長にもなります。)です。このくだりはすべてここで撮影されました。

 ということで今日のお話はここまで。今日も何とかするべく、ちょっと気の重い中ですが、1日、頑張りましょという次第です。
(これ、焦ったらいかんよ、ミーシャ。)
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