天下無敵の乳

 さて愛するタイガース、まだやってたんだとか思う中、昨日は住職の降臨、腕のことを前足とかいうこの馬をヒ~コラかまして、そのあとは大豪雨、これから車を拭いて来ようという私。今日は土曜日、グルメのお話。3枠目の今週は「ご当地」、今回はこんなお話です。
(これ、ま~た無理やりなネタを持ってくるんやろ、ミーシャ。)

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 今月はこちら。今回の参議院選挙から合区になる2つのうちの1つ、鳥取県から「白バラコーヒー」です。これゆえに鳥取には「スターバックス」がないとかいう説もありますが、この元は鳥取県東伯郡琴浦町にある大山のぶ代じゃなかった「大山乳業農業協同組合」なるところのものです。(ここで、ポケットから出てくるわけではありません。)

 元々は鳥取藩による畜産奨励を皮切りに、大山(だいせん)山麓の和牛飼養は200年以上の歴史を持っています。農耕使役・堆厩肥の活用はもちろん、近現代は肉用牛の品種改良が盛んになり、因伯牛(いんぱくぎゅう)の産地としても知られるようになりました。しかし、その一方で、「牛飼いと言えば和牛」という地域特性は乳牛導入の意欲を妨げ、酪農の萌芽は極めて遅いものでした。状況を大きく変えたのは県外資本の進出で、1939年(昭和14年)に八橋町(後の東伯町)に日本農産加工研究所が、大山町に明治乳業・鳥取工場が相次いで乗り込んできました。当初、この酪農農家さんと研究所は結構仲良しだったのですが、戦争中のこと、自分らで必要なところに横流しを始めた酪農農家さんに研究所が激怒して、この関係は急速に悪化します。

 そこで出てきたのが明治乳業、虎視眈々と集乳エリアの拡大を目論んでいた中で、高乳価・技術支援・飼料配給を提示して酪農家の切り崩し作戦を展開。組合も対抗上、明治に鞍替えする格好になりました。しかししかし、研究所を追いやった後で再び始まった抗争劇、結局、酪農農家さんたちは「中間業者を排し、生産・加工・販売の一貫体制を目指すしかない」ということで1946年(昭和21年)に伯耆(ほうき)酪農組合が結成されると、当地の酪農家は明治乳業への送乳を停止。ついに独自路線へ踏み出しました。(ライバル店を潰した後で、その分を回収しようと強気路線に出てくるという例はどこの商売にもありますな。)その後、1966年(昭和41年)に最終的に県内の3つの組合が合併して「大山乳業農業協同組合」が誕生したことで、この抗争劇は終わるわけですが、現在では鳥取県内のほとんどを押さえ込んでおり、学校給食などはすべてここの製品「白バラ牛乳」です。

 ということで今日のお話はここまで。雨も上がりましたが、最近どうも「雨ばかり」ということでスカッと晴れないかな…?と思う次第です。
(ほれ、あんまし無茶せ~へんのよ、ミーシャ。)
 
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