70年の矢

 さて愛するタイガース、結局藤川球児は先発降格になったことに、妙に納得している「物わかりのいい」私。今日は水曜日、巨大建造物のお話。2枠目の今週は「スタジアム」、今月はこんなお話です。
(これ、その「物わかりがいい」のをもうちょっと別のところで生かされへんもんかね~、ミーシャ。)

estadio_montjuic_desportugal.jpg

estadio-olimpico-lluis-companys_convert_20160615060341.jpg

 今月はこちら。スペイン(カタルーニャ)・バルセロナにある「エスタディ・オリンピック・リュイス・コンパニス」(Estadi Olímpic Lluís Companys)と呼ばれるスタジアムです。1929年開場の収容人員は55000人、1992年のバルセロナ五輪のメイン・スタジアムとして使用されました。現在の名称は2001年、当時の名称「エスタディ・オリンピック・デ・モンジュイック」(Estadi Olímpic de Montjuïc)から改名されました。(このリュイス・コンパニスとはフランコ独裁体制当時に処刑されたカタルーニャ政府の人物です。)大会終了後の1996年から2008年まではリーガ・エスパニョーラのRCDエスパニョールにホーム・スタジアムとして賃貸していました。

 元々は1929年のバルセロナ万国博覧会のために建設し、1936年の人民オリンピック会場とされる予定でした。1992年のバルセロナ五輪のために1989年に改修されました。その「人民オリンピック」というものはベルリン五輪に反対する(その理由はオリンピックのアマチュア精神がないがしろにされ、ファシストたちの政治宣伝の場にされるのを嫌ったからです。)ために1936年7月に計画されたものですが、スペイン内戦のため、開催直前で中止になったものです。それを踏まえてやったバルセロナ五輪は「サマランチIOC会長(当時)のおひざ元」のため、ウルトラ・ゴージャスな開会式、世界3大テノール歌手(プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラス、ルチアーノ・パヴァロッティ)が登場するなどがありましたが、一番はやはり聖火の点灯、この大会から毎回凝った演出が用いられますが、今回は弓矢、撃ったのはパラリンピックのアーチェリー選手のアントニオ・レボージョでした。この演出については五輪史上最も劇的で美しいとの呼び声高い演出でした。(ただし、映像をよ~く見ると矢は聖火台を飛び越えています。通過した際にタイミングを合わせて火をつけていたという説が有力です。)

 ということで今日のお話はここまで。今週も真ん中まで来ました。あまり調子の上がらない中ですが、無駄なく終わらせましょという次第です。
(ほれ、あんまし無理したらいかんよ、ミーシャ。)
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ミーシャ

Author:ミーシャ
FC2ブログへようこそ!

コアラの時計

by Animal Web Clock
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
FC2カウンター
最新記事
最新トラックバック
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
RSSリンクの表示
リンク
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
検索フォーム