東京の前

 さて愛するタイガース、昨日は何とか勝ちまして、とりあえずはトップになった中、どうも鯉の動きが気になる「ハマちゃんな」私。今日は水曜日、巨大建造物のお話。2枠目の今週は「スタジアム」、今月からしばらくはちょっとこんなネタを書いてみたいと思います。
(これ、鯉はサツマイモがよう釣れるんやって、ミーシャ。)

0d8ded55_convert_20160413061621.jpg

DSC0185_convert_20160413061642.jpg

 今年、2016年はオリンピックの年です。そこで過去のオリンピックの開催地から鉛筆投げて決めました、今回はイタリア・ローマにある「スタディオ・オリンピコ」(Stadio Olimpico di Roma)というスタジアムです。ローマ市街地の北部、モンテ・マリオの丘の麓にあります。収容人員73000人、1937年に開場したスタジアムです。1960年のローマ五輪のメイン会場、ならびに現在ではサッカーのセリエA(イタリア1部リーグ)のASローマとラツィオの本拠になっています。

 元々はムッソリーニが夢見た一大スポーツ施設「フォロ・イタリコ」の中にあります。1928年から1938年にかけてエンリコ=デル=デッビオ、ルイジ=モレッティの設計で建造されました。ムッソリーニのファシスト政権下における代表的建築として知られています。(有名なローマ・テルミニ駅もこの時期に建設されました。)建造当初はフォロ・ムッソリーニと呼ばれていたが、第二次大戦後に現名称に変更。陸上、水泳などの競技場があります。1989年、翌年のFIFAワールドカップ(TM)・イタリア大会の際に改築され、屋根のついた現在の姿になりました。総合陸上競技場のため、ピッチと客席の間にトラックがあるので 少し距離感はあるのですが、屋根を支える支柱が内部に一切無い構造のため概ねどの場所からも見やすくなっています。

 そしてここの名物が年に2回ある、「ローマ・ダービー」(「デルビー・デッラ・カピターレ」)、同じスタジアムを本拠にしているASローマとラツィオの試合ですが、この試合はまぁ、荒れ倒すわけです。元々ASローマは1927年、ムッソリーニの「首都に北のビッグクラブばりのチームを作れ」という意向からローマの4チームが合併して生まれたチームです。ラツィオはそれに抵抗する唯一の主要クラブであり、両クラブの間には早い段階からある種のライバル意識が芽生えていきました。過去には、1979-80シーズンの試合のおいてクルヴァ・スッド(ASローマのファンの席です。)から発射された緊急照明弾が原因で起こったラツィオ・ファンが死亡したとか、死亡者が出たという根拠のないうわさに端を発したスタジアム外での暴力を受けて試合放棄となった2004年3月の事例など、時折暴力沙汰が起こっています。

 ということで今日のお話はここまで。今日はさっさとケリを付けて、何とかプールに行っておかんとと思う次第です。
(ほれ、無理のないようにね、ミーシャ。)
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ミーシャ

Author:ミーシャ
FC2ブログへようこそ!

コアラの時計

by Animal Web Clock
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
FC2カウンター
最新記事
最新トラックバック
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
RSSリンクの表示
リンク
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
検索フォーム