ロンの上がり

 さて昨日はお仕事、とりあえず何とかした後でプールに行って、晩はワインを1本、でもこのワインがちょっと甘い事に「失敗した~!!」と思う「キツネな」私。そしてやりもしないのにゴルフのマスターズを大真面目に見ています。高校生ぐらいから毎年見ていますが、「ゴルフをしないのに、何でまた?」という方は多いのですが、今日は日曜日、ミニカーのお話。2枠目の今週は「F1」、今年度は4チーム目となる、こんなチームの車のお話です。
(せやね~。パパもお兄ちゃんもせ~へんし、夕方のゴルフ・トーナメントのテレビはアンタも見~へんのやけど、これは謎やね、ミーシャ。)

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 今月はこちら。F1屈指の合理主義チーム、マクラーレン、ここの総帥、ロン・デニスがマクラーレンの実権を握って初めて世界チャンピオンになった「MP4/2」(1984年)です。1983年の終盤よりTAG (Techniques d'Avant Garde 注釈)のターボ・エンジン(ポルシェ製)を使用していたが、レース中に使用することが出来る燃料が250リットルから220リットルへと減らされた1984年シーズンのために新設計したのがMP4/2です。搭載燃料量の制限により、エンジンの燃費性能が問われることになったが、ボッシュ製のエンジン・マネージメントシステムを搭載するTAGエンジンは、最も燃費に優れたパッケージとなりました。前モデルのMP4/1と同様、カーボン製のモノコックはマクラーレンが設計し、アメリカのハーキュリーズ社が製造しました。(そのため、モノコック部分には、同社のロゴが入っていました。)結局、このモデルはタイプCまであり、1986年までの3シーズンを使うことになります。

 1982年にロン・デニスが復帰させたニキ・ラウダのチームメイトとして、ルノーにいたアラン・プロストが4シーズンぶりに戻ってきました。ドライバーズ・タイトル争いはこの2人によって繰り広げられ、全16戦のうちラウダが5勝、プロストが7勝の計12勝をあげました。最終的にラウダがプロストをわずか0.5ポイント差(このポイントの差は豪雨の中でやった第6戦、モナコGPが途中降雨中断のため、本来の半分のポイントになったからであるといわれています。)で下し、自身7年ぶり3度目のワールド・チャンピオンに輝きました。マクラーレンにとって、ドライバーズタイトルは1976年のジェームス・ハント以来8年ぶりで、コンストラクターズタイトルは10年ぶり2度目でした。なお、4シーズンに渡ってタイヤ供給を受けていたミシュランが、このシーズンでF1から撤退しました。

 また、このマクラーレンというチームはその昔、これほどの合理主義ではありませんでした。それをもたらしたのはロン・デニスですが、これにはメイン・スポンサーの「マールボロ」(フィリップ・モリス)の意向が働いています。元々この方がレースに首を突っ込んだのは1967年、クーパーやブラバムでヨッヘン・リントやジャック・ブラバムのパーソナル・メカニックをしていました。1971年、同僚のニール・トランデルと独立してロンデル・レーシングを作り、F2に進出しました。このチームははF1進出を画策しましたが、オイルショックの影響で実現には至らなかったものの、新たにプロジェクト3を興し、F2やF3で成功を収め、1979年にはマールボロの支援を得てプロジェクト4に移行します。マールボロは成績低迷のマクラーレンに対し、てこ入れとしてチーム運営に介入し、1980年後半にプロジェクト4と合併させマクラーレン・インターナショナルへと改組しました。(その15年後、同様の事態に陥ったデニス自身が同じことを迫られる危機もありました。)デニスはチーム監督に就任し、テディ・メイヤーら旧体制は実質的な「乗っ取り」により刷新されました。このことにより、以後に作られたマシンはマクラーレンの「M」とプロジェクト4の「P4」を掛け合わせ「MP4」シリーズと命名されます。(ただ、この「M」は「マールボロ」の「M」という説もあります。)デニスはさっそくリーダーとしての手腕を発揮し、デザイナーのジョン・バーナードを招聘してカーボン・モノコックのシャーシMP4/1を製作させ、またTAGの資金協力でポルシェにターボエンジン開発を依頼します。

 ミニカーは京商のサンクスのものです。(2009年)そしてお約束の諸元はこちら。

車名          MP4/2

デビュー        1984年
全長          4343mm
全高           991mm
全幅          2133mm
ホイール・ベース    2794mm
トレッド(前)     1803mm
    (後)     1651mm
車重           540kg(燃料、ドライバー含む)

エンジン        TAG TTE PO1(ポルシェ製)
形式          水冷レシプロ V型6気筒 DOHC4バルブ ツイン・ターボ
総排気量        1498cc
ボア×ストローク    82×47.3(mm)
Vバンク角       90度
最大出力        751馬力/11,500rpm
圧縮比         7.5
燃料噴射システム    ボッシュ社製 デジタル電子制御
点火システム      TAGエレクトロニクス社製 電子制御
燃料          シェル
オイル         シェル

駆動方式        後輪駆動方式
変速機         前進5速 マニュアル縦置き(+後退1速)
差動システム      ZF社製 リミテッド・スリップ・デファレンシャル

シャシー        カーボン・コンポジット・モノコック
サスペンション(前)  独立懸架 ダブル・ウィッシュボーン式プル・ロッド
       (後)  独立懸架 ダブル・ウィッシュボーン式プル・ロッド
ブレーキ        ブレンボ社製 4輪ベンチレーテッド・ディスク(カーボン製ディスク)
ステアリング      ラック・アンド・ピニオン
タイヤ         ミシュラン
ホイール        スピードライン 13インチ
燃料タンク容量     220リットル

デザイナー       ジョン・バーナード
ドライバー       ニキ・ラウダ/アラン・プロスト

 ということで今日のお話はここまで。さてちょっとドタバタになりそうな気もしますが、『大丈夫です。父上。』と言えるようにしたいなと思う次第です。
(これ、そんな軽~いノリでやってもうても困るんやわ、ミーシャ。)

(注釈)TAG  元々はフランスとサウジアラビアの合弁だったのですが、ルクセンブルグの持ち株会社。テクニーク・ダバンギャルド (Techniques d'Avant Garde) は1975年にサウジアラビア人の企業家であるアクラム・オジェによって、先進技術への投資会社として設立されました。現在は子供のマンスールが所有しています。F1とのかかわりは1979年、ウィリアムズにスポンサーとして付いたのが始まりです。現在でもマクラーレン・グループの株の15%を保有しています。有名どころでは「TAG Heuer」(時計)がありますが、これは1985年にホイヤー社をTAGが買収したものです。(現在はこの関係は切れています。)

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