各駅停車ではありません。

 さて最近、早寝の続く中、その反動か、早起きになっている私。今日は火曜日、映画のお話。4枠目の今週は「ドラマ」、最近話題の北朝鮮からこんなドラマのお話です。
(これ、早起きはええ事やけど、アンタはこっそり起きといで~な、ミーシャ。)

 最近は日本でも北朝鮮のテレビ番組が出てくることは多いのですが、その中でも話題になったのは「ハルラ(ハンナ)のこだま」(2002年 北朝鮮)というドラマがあります。日本では「バンキシャ!」などの報道番組がチョロッと報じたものですが、結構話題になっていました。DVDその他で西側に出ることはないかと思いますが、今日はこれについて語ってみましょう。

 そしてあらすじはこんなものです。
日帝時代(日本統治時代)のハンナは日本の子供達にいつもイジメられていた。 そして戦争が終わり、日本の支配が外れると今度は南北の対立が生まれ、南では共産主義に対しての弾圧が始まります。そこで起こった朝鮮戦争、北は一気に侵攻しますが、そのさなか米兵が村にやって来て、反米スローガンの張り紙 がしてあるハンナの家を燃やそうとするので、仕方なく張り紙を外すが村人達から非難されてしまう。 米軍将校はハンナに目をつけて関係を迫る。共産主義者を匿う村民を米軍が虐殺! ハンナは米軍将校を殺害する。 この後、ハンナは祖国再建の為に選挙活動に参加する。

 このお話は実際にあった「済州島4・3事件」をモデルにしています。1948年4月3日、朝鮮半島南部だけでの総選挙に対し、済州島で左翼勢力が武装蜂起。米軍政下の軍や警察が鎮圧する過程で、無関係の多くの島民が捕らえられ、厳しい拷問を受けたり処刑されたりした事件です。弾圧は1954年まで続き、約3万人が犠牲になったとされます。元々、この済州島は歴史的に権力闘争に敗れた両班の流刑地・左遷地だったことなどから朝鮮本土から差別され、また貧しかった済州島民は当時の日本政府の防止策をかいくぐって日本へ出稼ぎに行き、定住する人々もいました。韓国併合後、日本統治時代の初期に同じく日本政府の禁止を破って朝鮮から日本に渡った20万人ほどの大半は済州島出身であったといわれています。日本の敗戦後、その3分の2程は帰国したが、4・3事件発生後は再び日本などへ避難あるいは密入国し、そのまま在日韓国人となった人々も多くいます。日本へ逃れた島民は済州島民コミュニティを形成したが、彼らは韓国人コミュニティからは距離を置いていました。(大阪、桃谷(生野区)や東京、三河島(荒川区)などがあります。)済州島では事件前に28万人いた島民は、1957年には3万人弱にまで激減したとされています。ただし、実際の下手人は韓国政府なのですが、これが「反米」の観点から、アメリカにすり替わっているというちょっと無理やりな解釈をしています。

 ということで今日のお話はここまで。そろそろ来月の段取りをするところですが、今日も1日、がんばりましょという次第です。
(ほれ、あんまし無理せんようにね、ミーシャ。)
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