プロとして

 さて今日はお仕事の都合で隣の事務所に行ってということでしたが、背広で行くと「どこぞの偉いさん」に見られた「ボリューミーな」私。188cm、84kg、ちょっと太めの上から順に98(2A)-81-96の「そんなにボリューミーなわけないでしょ?」と思う中、そんな気持ち悪いネタを想像するのもおぞましい今日は木曜日、テニスのお話。4枠目の今週は「名勝負百選」、今月はこんなお話です。
(こら、な~にをセクハラ発言かましてんの、ミーシャ!)

 その前に今回のお話に入る前に、1968年以降、テニスの4大メジャーはプロとアマチュアの壁を無くしプロも参加出来るようになりました、これを「オープン化」と言います。それ以前は4大メジャーには賞金も無く、アマチュアのみの大会でした。当時はアマチュアでトップになったらプロになるというのが力のある選手が辿る道だったため、4大メジャーは今のような"最高峰"の大会ではありませんでした。ちなみにオープン化前でもプロとアマチュアのレベルではプロの方が上で、1962年に年間グランドスラム(アマ)を達成したロッド・レーバーもプロ転向直後は中々勝てなかったようです。

 ということでその「ロッド・レーバー」から今回の試合はこれです。1969年1月27日のオーストラリアン・オープンの男子シングルスの準決勝、オーストラリア人同士の対戦、結果はこうでした。

ロッド・レーバー  7-5    トニー・ローチ
           22-20
            9-11
            1-6
            6-3 
 
 第1シードのレーバー、2回戦からの登場ですが、3回戦で1セット落とし、ベスト8のストール戦では18-16という長丁場をくぐっています。一方、第4シードのローチ、1回戦からとレーバーより1試合多い中、ベスト8のニューカム戦ではセット2-1からの逆転勝ちをくぐっています。まだこの当時、オーストラリアン・オープンは会場は固定ではなく、この年はプリズベーンで行われました。(現在のメルボルン、フリンダース・パークに移ったのは1988年からです。その前は同じメルボルンのク―ヨン・テニスクラブという所で1972年から固定になりました。また現在はプレクシ・クッションと呼ばれるゴムチップ・コートですが、この当時は芝生のコートでした。)オーストラリア・テニス界の黄金時代を築いた名選手のひとりトニー・ローチと、2度の年間グランドスラム達成(1962年、1969年)という偉業を成し遂げたロッド・レーバー、この2人は同じ「左利き」です。結局4時間以上続いた熱戦はのスコアでレーバーが勝ちました。彼らはほてった身体をクールダウンさせるため、濡らしたキャベツの葉を帽子にしのばせてプレーしたとの逸話もあります。レーバーは決勝戦でスペインのアンドレス・ヒメノを破り、2度目の年間グランドスラム達成への第一歩を踏み出しました。

 ということで今日のお話はここまで。もうすぐ新車から1年になりますが、さてこのお話を書くのはいつにしようかなと思う次第です。
(これ、ミ-シャ。アンタのそんなノロケ話なんてだ~れも読んどってやないんよ、全くもう!アンタも麻耶ちゃんと一緒に「ブリカマ」でもしてみるか?)

 
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