さくらんぼの貴女

 さて愛するタイガース、今日もドラちゃんたちをシバキあげている一方、私もお仕事終わって、とりあえずお休みに突入した私。今日は火曜日、テニスのお話。2枠目の今週は選手、今月はこんなお話です。
(これ、休みやからって、舞い上がってるわけにはならんのよ、ミーシャ。)

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今月はこの方。ドイツのテニス選手では、シュテフィ・グラフが一番有名ですが、そのもうちょい前にクラウディア・コーデ-キルシュという選手がいました。1963年12月11日、旧西ドイツ、ザールブリュッケン生まれ、右利き、バックハンド片手打ちのこの方。1980年にプロに転向しました。「コーデ・キルシュ」と2つの姓を名乗ったのは、養子として育った家庭の背景にあり、生まれた時の名前は“Claudia Kohde”(クラウディア・コーデ)といったが、養父のユルゲン・キルシュ(Jurgen Kilsch)に育てられたため“Claudia Kohde-Kilsch”の名前でプレーするようになった。どちらかというと、ダブルスの方が有名でした。(名前が複合名(例 Hans-Peter(ハンス・ペーター)、Karl-Heinz(カール・ハインツ)など)になるのはよくある例ですが、姓が複合になるのは結婚したとかぐらいです。)

 この方はサーブ・アンド・ボレーのスタイルを生かしたダブルスの名手としても活躍し、ツアーのダブルス26勝ではヘレナ・スコバ(チェコスロバキア)とのペアで獲得したタイトルが最も多いんです。そこでこの2人は当時の最強タッグじゃなかったペアのクラッシュ・ギャルズじゃなかったマルチナ・ナブラチロワ/パム・シュライバー組の対抗馬となっていました。(ここで間違っても審判と仲良し(グル)になって、竹刀や一斗缶を振り回して悪逆非道なことをやっていたわけではありません。)コーデ=キルシュの現役生活を通じて、クリス・エバート・ロイドには「13度」の挑戦で1度も勝てなかったのですが、ナブラチロワとは「2勝22敗」の対戦成績で、2度勝ったことがあります。6歳年下に当たる同国の後輩グラフには、1984年の最初の2度の対戦はコーデ=キルシュが勝ったが、それ以後はグラフに12連敗となり「2勝12敗」で終わりました。フェデレーション・カップではシュテフィ・グラフとペアを組んでいたが、コーデ=キルシュのシングルスが下降線に入り、グラフが世界ランキング1位の座を独走するようになると、次第に2人のペアはバランスが悪くなっていった事も彼女の競技生活に影響しています。コーデ=キルシュはグラフが世界1位に長く君臨する姿を見守りながら、1994年に31歳で現役を引退しました。現在は夫とともにモンテカルロに在住しています。

 そしてこの方が使っていたラケットはウィルソンの「ウルトラ2」、このラケットはガッチガチに硬いのに、使っているプロ選手はと言うとハナ・マンドリコワ、マヌエラ・マレーバ、クラウディア・コーデ・キルシュ、男子はデビット・ペイト。かなりパワフルなラケットでありますが、女子プロに好まれたのはどうしてなんでしょうか?という所でそろそろ私も晩ごはんのお時間です。明日からお休みということで、今日はゆっくり飲んでます。
(これ、ミーシャ。あんまし飲んでばっかりではいかんよ。せやけど、クラッシュギャルズってまぁ、アンタも何でそんな古いネタばっかりやの?)
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