ウェアの変遷

 さて今日は新年度の2日目、何とか一発当てんといかんねということで、ものにできる1件をものにした「関心な」私。今日は木曜日、テニスのお話。「番外」ということで、今週、そしてこの次の回と2回にわたって、こんなお話です。
(これ、アンタが一発当てたんをどうのこうのというのは世間様は別に聞きたくもあらへんと思うよ、ミーシャ。)

 私が最も影響された選手はシュテフィ・グラフ(ドイツ)というのは、このお話を読んでいただいている皆様にとっては、よくご存知のことですが、彼女の場合、こんな例がありました。

1986年

1987年前半

1987年前半(2)

(1)1985~87年
元々、彼女は靴だけはアディダスを使っていましたが、ウェアも同社を使うようになったのは1985年からです。それ以降、彼女のウェアは、市販の女性用のモデルを使っていました。まだ、そんなにデザインがしっかりしていない頃です。画像1枚目は1986年、スターダムにのし上がりつつある頃のモデル。画像2枚目のウェアで1987年、初めて4大メジャーを制覇しました。

steffi_graf.jpg

1988年

(2)1987年
1987年5月、アディダスは彼女のシグニチャー・モデル「シュテフィ・グラフ・コレクション」を立ち上げることになりました。その際に選んだのはこのデザインです。1987年、USオープンから着用しました。コンセプトは「スター誕生」、彼女のイニシャル「S・G」と星が描かれたデザインです。また翌1988年シーズンには、別カラーのターコイズ・ブルーが登場しました。ちなみにミーシャはこのピンクの線のシャツを着ていたことがあります。

1989年

1989年(2)

(3)1989年
1988年の年間最終戦で登場した2代目のモデル、グラフ図の一部が破れていることから「殻を破って、世界に羽ばたく」というデザインになっています。当初は黄色、ピンクなどのカラフルなモデル。しかしシーズン後半、フレンチ・オープンからは別カラーの版が登場しました。(この当時のアディダスは、暖色系と寒色系の2種類の色パターンがありました。)

1990年前半

(3)1990年前半
1990年のシーズン開幕から登場、「Professional Line」と書かれたパッチ、そしてシンプルなデザインと私も結構好きなモデルです。またこのころから、スコートは白以外のものを着用するようになりました。

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(4)1990年後半
シーズン後半、USオープンからは「宇宙」をイメージしたデザインに代わりました。私も結構好きなモデルです。

f_Graf.jpg

(5)1991年前半
1991年のシーズン当初はこれでした。インド・スカーフをモチーフにしたデザイン、結構「可愛い」モデルですが、いかんせん、成績が良くなくて…。そのため、ウィンブルドンでは別のものが登場します。

1991年(2)

(6)1991年中盤
(5)がちょっと縁起が悪かったのか、1991年のウィンブルドンに登場した真っ白なモデル。ただし、従来のトレフォイル(3つ葉)ではなく、現在のスリーパー・ロゴになっています。(当時始まった「Equipment」ブランドの関係です。そのため、「Adidas Equipment」と入っていました。)

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(7)1991年終盤
1991年USオープンから登場したモデル。花をデザイン・モチーフにしています。ただ、あまり印象に残っていないような…。

 この後はまた6月末くらいに書きましょということでそろそろ、おやすみなさいのお時間です。夜更かしはお肌に悪いのよということで、今日の所はここまでに…。
(こら、ミーシャ。な~にが「お肌に悪い」よ、アンタなんか「カサカサ」の肌やないの!それにアンタは合わせが逆なのを知らんで、「お姉ちゃん、ボタンが止まらないよ~!」とかいうとったね、全くもう!変態にもほどがあるよ、こら!)
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