熱輪の黒船

 さて昨日は「最後の日」、「色々あったけど、今までありがとうね。」ということで思わず、グスン、グスンとしていた中、新大阪駅まで車に乗っていた私。書類その他を渡しまして、家まで戻ったあと、車が見えなくなるまで、私はず~っと見ていました。家に帰ると、お部屋のこぐまが『ミーシャ、泣いてたら、車さんも寂しいって思うよ。」という中、私はしばらくポツ~ンとしていました。その時に流れていたのが西田敏行の某社のCM、「結婚式の最中に車に戻った中で、娘の写真を見ているパパ、そんな時に子供時分の娘が『パパ。うれしくないの?』と聞いてきて、「そんなことないよ」「じゃあ、笑って」と来て、車のドアをノックする音、ふと見ると現実の娘が出てくるというCMですが、そのお話は来週にということで、今日は日曜日、ミニカーのお話。4枠目の今週は順番入れ替わった関係で、「ミニカー・ブランド大図鑑」、今月はこんなお話です。
(ほ~れ、笑ってごらん、ミーシャ。)

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 今月はこちら、マテルのお話は以前に登場しましたが、そのマテルから「ホットウィール」(Hotwheels)というブランドがあります。1968年に発表した亜鉛合金製ダイカスト成形のミニカーのシリーズである。高速ホイールを履いた3インチサイズのモデルを中心に1/18スケールや1/43スケールの製品が存在します。それまでのミニカーが造形や車内など、実車を忠実に再現している模型的要素が強かったのに対し、ホットウィールは玩具として見た目の『かっこよさ』を前提としたのが最大の特徴で、そのため車種のほとんどが派手な外板塗装や極端なデフォルメをしています。

 1960年代後半、女の子向け玩具のジャンルにおいて既にバービー人形で大成功を収めていたアメリカ・マテル社は、次のステップとして男の子向けのミニカーを企画していました。3インチサイズのミニカーにおいては当時既にイギリス・レズニー社の『マッチボックス』が圧倒的なシェアを誇っており、ヨーロッパの老舗ブランドに真っ向から立ち向かうため、デビューの1年以上前から入念にプロジェクトが進められました。アメリカ流のスタイルを前面に押し出す為、アメリカ特有のモーターカルチャーであるホットロッドをモチーフにした「カリフォルニア・ルック」という商品コンセプトを打ち出したことにより、派手なキャンディーペイントを施したボディーやボンネットから飛び出したエンジン等、どの他社製品にも似ていない強烈なスタイルのミニカーが生み出されました。

 また、「他社製の何よりも速く走るミニカー」というそれまで他社があまり重要視しなかった走行性能に着目し、摩擦抵抗の少ない細いピアノ線を使用した車軸とサスペンションを採用、圧倒的な走行性能は最大のセールスポイントとなりました。こうして1968年にデビューした「ホットウィール」は、アメリカ国内でテレビコマーシャルに巨額の費用を投じて前述の特徴をアピールした広告展開を行いアメリカのみならず世界中でヒットし、競合他社にも多大な影響を与えることとなります。(この辺りはタミヤのモーターライズのプラモデルと似たような考え方ですな。)

 しかし、当初にあった「スペクトラ・フレーム」(犯罪組織の枠組みという意味ではありません。)、キャンディー・ペイントの車体色は1973年に廃止され、「レッドライン」と呼ばれる赤い線の入った車輪も1976年から徐々になくなり、1978年には完全に廃止されました。1980年代に入ると数々の派生シリーズが誕生し、ラインナップの多様化が目立つようになる。1987年、多様化を極めた派生シリーズは整理した後の1999年にフェラーリとの版権を独占契約し、これ以降フェラーリの3インチ玩具ミニカーでは新車を含め同ブランドの独占状態が続くことになります。2000年代初頭、日本のバンダイと提携して、特撮番組やアニメ番組に登場する車両をモデル化した『キャラウィール』が販売されていました。現在ではその一方で派手な塗装をやめ、実車を忠実にデザインした車種も増えています。

 このホットウィールの成功の結果、特にヨーロッパのメーカーは対ホットウィール策を打ったものの、その投資により業績が悪化し、倒産する企業が現れました。ヨーロッパのメーカーが投入した新しいホイールは思ったほど消費者の評判が良くなく、ヨーロッパメーカー各社の衰退の契機となりました。一方、日本のミニカーブランド「トミカ」は後発組であったため(1970年(昭和45年)発売)さほど影響はなかったものの、1974年の輸出開始以降海外発売商品では同ブランドを意識し、タイヤ幅が広く銀色のラインをつけた高速ホイールを装備したものが登場。このタイヤは「ワイドタイヤ」とコレクター間で通称されており、現在でも一部の車種に使用されています。(下に履くものはどんなものでも間違っても規定以上の馬鹿でかい物を履かせてはいけません。)

 日本では一時輸入は中断されていましたが、1999年に復活、数年間は全国のあらゆる小売店に流通したが、最近ではトイザらス、西友での流通が中心です。また新ネタはトミカ同様、月1で発売されます。3インチサイズの製品の定価は日本円では300円前後であるが、絶版車種や「トレジャーハント」と呼ばれる希少車種には、ミニカー・ショップやネット・オークション上で数千円から数万円で取引されるものもあります。派手なデザインの台紙がついたブリスターパックに入って売られており、このブリスターを破らずに保管するコレクターも多いんです。

 ということで、今日のお話はここまで。ちなみに私が買った車はこんなものではありません。

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マイバッハ「62S」(メルセデス・ベンツ)
戦前の超高級車ブランド、マイバッハの復活版。6リッター SOHCV12ツイン・ターボ 640馬力で長さ6m超、幅2m近い車体が動きます。

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ハマー H1(ゼネラル・モータース)
元々は軍用車両だったこの車、シュワルツェネッガーの依頼で民生用になりました。6.5リッター OHVディーゼル V8ターボ これも幅2.2mです。

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パブリカ(トヨタ自動車)
日本の「国民車構想」から生まれた車。700cc 直列2気筒、森永乳業とタイアップし、同社の販売する濃縮乳酸菌飲料「コーラス」のビンの栓(王冠)を集めると、抽選でパブリカが当たるというキャンペーンもありました。

 「そしたら、アンタは何を買うたんよ?」というのは後ほど、実車はもうすぐ私の元に届きます。
(こら、ミーシャ。そんな勿体つけやんでもええんよ、それに「下に履くものはやたらと馬鹿でかいものはいけません」って、ま~たそんなやらし~ネタ出してからに!アンタの車なんてだ~れも期待しとってやないんやからね、この大バカ者!!)
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