待ってなさい。

 さて今日から始まる日本シリーズ、とはいえ2位抜けの愛するタイガースにとってはやや「ホントに出てもいいの?」という気がする中で、昨日はプールに行ってダメ出しを喰らい続けた『被虐の』私。今日は土曜日、グルメのお話。3枠目の今週は「ご当地グルメ」、そのタイガースの相手、ホークスの本拠地、さらには大河ドラマ『軍師官兵衛』の最終目的地、福岡(博多)からこんなお菓子のお話です。
(これこれ、またそんな無理やりとってつけたネタをしてんやないんよ、ミーシャ。)

matuya06.jpg

 福岡の名物お菓子に「鶏卵そうめん」なるものがあります。ポルトガル語で「fios de ovos(フィオス・デ・オヴォス、卵の糸)」と呼ばれますが、安土桃山時代に、南蛮貿易のためにポルトガル人商人が出入りしていた長崎の平戸に伝来しました。最初に本格的に製造したのは江戸時代の松屋利右衛門で、貿易商だった大賀宗九とともに出島を訪れた際、中国人の鄭から製法を伝授されたと言われています。初代利右衛門は1673年に博多に戻って販売を開始し、延宝年間(1673~81、徳川家綱、綱吉の時代です。)に福岡藩主の黒田光之に鶏卵素麺を献上して御用菓子商(藩御用の意向を笠に着て、無茶をするわけではありません。)となったといわれています。1957年(昭和32年)に十一代利右衛門が松屋菓子舗の商号で法人化し、同社が製造する鶏卵素麺は、日本三大銘菓の一つに挙げられることもありました。

 作り方は氷砂糖を沸騰させて作った蜜の中に卵黄を細く流し入れて素麺状に固め、取り出して冷ましてから切り揃えたお菓子です。作る際は、砂糖を煮ている鍋の中に、底に穴のあいたステンレスの器具から卵黄を回しながら注ぎます。菜箸としゃもじを使って形を整えながら引き上げ、完成とするのですが、美しく作るには熟練を要します。なお、福岡市の和菓子である石村萬盛堂の鶴乃子は、この鶏卵そうめんを作る際に余る卵白を見て、利用しようと発案されたといわれています。その石村萬盛堂は福岡の夏の名物、博多山笠の最終到着地をず~っと見つめてきました。(大手は「松屋」「石村萬盛堂」「岩田屋」などがあります。)

 なお、この福岡と博多の関係ですが、関ヶ原の戦い以後、福岡52万石にやってきた黒田官兵衛、長政が市内中心部の那珂川から東を博多、西を福岡と呼び、そのまま定着しました。当時そこにあった城は城下町を作るには少々地形の問題がありまして、新しい街を作る際、出身地の備前国福岡(現在の岡山県瀬戸内市長船町福岡)に由来して、城下町を福岡と命名しました。黒田藩は博多のまちの自治を広く認めたため、町人の商業都市・博多と武士の行政都市・福岡が機能分担しつつ隣接するという、全国的にあまり類例のない「双子都市」が誕生しました。明治以後、市制の施行に伴い、大モメした挙句、福岡と決まったのですが、国鉄(JR)の駅は博多にあるため「博多」ということになりました。そのため、「福岡」と「博多」は別の地域という概念が強く残っていました。(歓楽街として知られる「中洲」はその中間の那珂川の中洲にあったことからつきました。)かつて町人の商業都市として栄えた『博多』と武士の行政都市として発展した『福岡』は、『博多』をビジネス街、『福岡』を繁華街商業地と所を入れ替えています。

 ということで今晩はちと落ち着かないわけですが、そんなこんなで愛するタイガースはどうなるのか?をお楽しみにということで、今日のお話はここまでに…。
(これ、アンタもまぁよ~そんなマニアなお話ば~っかり書けるもんやね~。)
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