この作品の元は…?

 さて愛するタイガース、昨日は再び梅ちゃん先生の一撃でけしからん某全国紙を沈めた後は、今日も勝つよと言いながら、マザコン男に抑えられている中でこのお話を書いている「メニエット」の私。今日は火曜日、映画のお話。3枠目の今週はどう転がしても40回ったおっさんが語るには首を捻る「ドラえもん」、今月はこんなお話です。
(これ、治ったから言うて、無理したらいかんよ、ミーシャ。)

 元々映画の作品は、『月刊コロコロコミック』に連載されていたものを基にしています。1980年(昭和55年)1月号より第1編となる「のび太の恐竜」の連載を開始。同編は1975年(昭和50年)に短編作品として発表されていた既存の短編に加筆し、映画原作用の長編にしたものでした。本来の意味での原作は第2作「のび太の宇宙開拓史」(1981年(昭和56年))が同年9月より連載を開始したため、それ以降は全て描き下ろしとなります。概ね毎年9月号か10月号に連載を始めて、映画上映が近い3月号か4月号に完結するもので1シリーズ5~6回程度の連載でした。(発売日は毎月15日前後です。)

 3月の映画公開に先行して『コロコロ』で連載というスケジュールで毎年発表が続けられましたが、1988年(昭和63年)公開となった第9作『ドラえもん のび太のパラレル西遊記』は藤子F(藤本弘)の体調不良のために原作漫画が執筆されていません。このため、映画第10作の原作となる1989年(平成元年)モデル「のび太の日本誕生」は『大長編ドラえもん』では第9編となり、以降の作品では映画と漫画の通算数に1つのずれが生じています。1996年(平成8年)、第17作「のび太のねじ巻き都市冒険記」の執筆中に藤子Fが死去。同編が遺作となりました。自身でペン入れまで行ったのは最初のカラー3ページのみで、残りは藤子Fのネーム・原案を元に藤子プロが制作しました。この「のび太のねじ巻き都市冒険記」までが藤子・F・不二雄の作品とされています。原作者である藤子Fの死後も毎年3月の新作映画公開は続けられました。これに伴い、漫画も藤子・F・不二雄プロによって生前と同様に映画公開に先行する形で『月刊コロコロコミック』に発表が続けられ、単行本も『大長編ドラえもん』の続巻として発行されました。ただし、藤子プロ名義の単行本には「まんが版▷映画シリーズ」というシリーズ名が追加され、藤子F本人が執筆したものとは区別されています。この形での連載・単行本化は、映画第25作目で1期目の声優陣の最後の映画となった『ドラえもん のび太のワンニャン時空伝』(2004年(平成16年)まで続けられました。

 特徴としては、1話完結のお話ではないので、やたらと規模が大きくなる、従来のお話とキャラクターのイメージが変わる(いつもはダメな少年のび太が大長編では大活躍する(「のび太のひみつ道具博物館」など)とか、ジャイアンにおいては、いじめっ子としてよりも頼れるいいやつとしての表現が顕著になる(「のび太の大魔境」など)イメージがあり、しずかちゃんに至っては短編以上に穏和な少女として描かれており、敵に対し、平和的解決を図ったりする場面が多い(「のび太と鉄人兵団」「のび太と雲の王国」など)。またスネ夫は「腰ぎんちゃく」のイメージよりもヘタレキャラとして書かれていたりする例が多い(「のび太の恐竜」「のび太の南海大冒険」など)などがあります。)またドラえもん、のび太、しずかちゃん、スネ夫、ジャイアン以外の子供キャラがほとんど出てこないというのも特徴にあげられます。

 なお、現在のものも名前を若干変えて連載されています。この夏から新ネタが出てくる頃ですが、さて、何でしょう?という所で、今日の所はここまでに…。
(これ、ミーシャ。アンタもまぁようダラダラとそんだけ書けるもんやね~、中身はスカスカのくせに。)
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