21世紀の遺産

 さて愛するタイガース、昨日も勝ったよ、グフフのフでしたが、その裏でけしからん某全国紙もヒ~コラ勝ったということで、前半戦でどこまで詰まるかをちょっと気にする私。そして昨日は「GTO」を見逃し、最近疲労のたまる中ですが、今日は水曜日、巨大建造物のお話。2枠目の今週は「スタジアム」。先頃終わったFIFAワールドカップ(TM)、ドイツの4度目の優勝から、今月はこんなスタジアムのお話です。
(これ、暑いから充分休みは取らんといかんよ、ミーシャ。)

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 今月はこちら。ドイツ、ベルリンにある「オリンピア・シュタディオン」です。収容人員76000人、ドイツ国内でも屈指の巨大スタジアムです。ブンデスリーガ、ヘルタ・ベルリンのホーム、さらにはDFBポカール(ドイツ・カップ)(日本でいうと「天皇杯 全日本選手権」にあたります。)の決勝の会場で使用されています。そして来年、2014-15シーズンのUEFAチャンピオンズリーグの決勝戦でも使用されます。他にも陸上競技、コンサートなどでも使用されています。

 元々は1936年、ベルリン・オリンピックのメインスタジアムとして開場。ベルリン・オリンピックでは陸上競技やサッカー競技が開催されました。また、オリンピア・シュタディオンは小規模ながら、スポーツ・コンプレックスの体裁をとっており、スタジアム横にプールが併設されています。オリンピックではこのプールで水泳競技が開催されました。(有名な『前畑がんばれ』はこの時です。)なお、当スタジアムのメインスタンドから向かって左側のサイドスタンドは、中央部分が切り欠かれているが、これはオリンピックでの聖火台の跡です。

 1974年には、FIFAワールドカップ西ドイツ大会の会場となりました。ただし、ベルリンの取り扱いについては、西ドイツと東ドイツで意見の相違が在った(西ドイツは西ベルリンを実質上の飛び地という解釈をしましたが、東ドイツは東ベルリンについては国際法的には連合国軍4か国(米・ソ・仏・英)占領地ベルリンのソ連管理地域で、厳密には東ドイツ領ではないために県も州も置かれていませんでした。ベルリンが1つの州になるのは統一後のことです。)為、東ドイツは一時期ベルリンでの開催に反対しました。なお、西ベルリンは1991年のドイツ再統一までは、法律上はアメリカ合衆国、イギリス、フランスにより管理されていた(実質上は西ドイツの飛び地)為、西ベルリンで開催された3試合はワールドカップで唯一開催国以外で開催された試合になっています。(そのため、西ドイツから西ベルリンへ空路で行く場合は「ルフトハンザ」ではなく、西ベルリンを占領していたアメリカのパンアメリカン航空・イギリスのダンエアー(後に英国航空に吸収)・フランスのエールフランスに限られていました。)

 2004年に2006年のFIFAワールドカップ(TM)ドイツ大会の会場として、再びワールドカップの舞台として使用されました。この時に、FIFAの定めるスタジアムのスペックにあわせる為に、大規模な改修工事を行っています。スタンドの上に設置されている屋根もこの時に設置されました。ワールドカップの決勝戦が首都のスタジアムで行われるのは、1990年のイタリア大会以来となりました。

 ということで今日のお話はここまで。明日は1日、お休みですが、その前に今日のお仕事を片付けんとねという次第です。
(これ、な~んか最近、最後のシメがうまい事いってへん様な気がするんやけどね、ミーシャ。)
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