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取り決め

 さて今日は雨の中でのお仕事、そして最近やたらとレジ袋を貯め込む「貧乏くさい」私。7月から袋は「有料」になりますが、そんなこともあってかという今日は火曜日、映画のお話。今週は「番外」ということで、こんなお話です。
(ほいでまぁ、今日は何やの、ミーシャ?)

 ミーシャももちろん、「事務所」に所属している(どこの?)わけですが、この事務所が私の代わりに交渉をやって、仕事をいただいてくるわけですが、その昔「五社協定」なる協定がありました。これは戦後の昭和の時代、映画製作に再参入しようとした「日活」に対抗して、他の大手5社(東宝、東映、松竹、大映、新東宝)が俳優が引き抜き防止という名目で協定を結んで所属俳優が容易に他社へ移籍することを制限し、他者の映画への出演は、所属会社の許可なしに行ってはならないなど、俳優、スタッフを縛り付ける方策に出ます。とはいえ、その後に当の日活もこの協定に参入します。

 これで割を食ったのは山本富士子、津川雅彦などがいます。1963年、大映の看板女優の山本富士子が他社出演の許可と出演本数を少なくするという契約時の約束を守るよう求めたところ、社長の永田雅一は立腹して彼女を解雇し、五社協定によって他社の映画や舞台にも出演できないようにしました。ただ、この際に助けになったのは「テレビ」でして、1970年代になると急速に映画製作会社の力が衰え、結局この協定は1971年になくなります。

 結局、この協定は制作会社側の既得権益の保護という部分を重視しすぎたため、多くの軋轢を起こしたのみでなく、日本映画産業の発展の阻害要因となり、日本映画の衰退の一因となったという厳しい評価がなされているものの、現在のような特定の芸能事務所が力を持ちすぎて演技のできない者でも簡単に出演できるという、堕落した状態を招かぬように防波堤の役割を果たしていたという肯定的な意見も一部からは出てきています。

 五社協定後の芸能界を牽引したのは渡辺晋、美佐夫婦が創業した渡辺プロダクション(ナベプロ 所属には立川志らく、中尾ミエ、ギャル曽根、ネプチューンなど多数)であり、当初は独占企業である渡辺プロの采配が業界のルールを決めていました。だが、次第に渡辺プロ以外の芸能事務所も力を付けていき、タレントの引き抜きや独立で紛争が生じるようになったのですが、渡辺晋は1963年に日本音楽事業者協会(音事協)という業界団体を組織し、主要な芸能事務所の多くを加盟させました。その後、中心的な立場になったのはバーニング(所属には羽鳥慎一、郷ひろみ、篠田麻里子、島崎遥香などAKB関係者などがいます。)ただ、これに反したのは「ジャニーズ事務所」(間違ってもウチの事務所と言ってはいけません。)、音事協に加盟していない中でも屈指の企業力、およそアーティストの全国ツアーをすべて自前でできるといわれ、「芸能事務所の代名詞」的な存在です。
 
 ということで今日のお話はここまで。この手の類は「現代の人身売買だ!」と言えなくもないんですが、雨も降る中ですが、明日もまたいい日になるといいなと思います。
(これ、アンタがどこの事務所におってかなんて世間様にとってはど~でもええんやわ、せやけど、最後の〆がなんかあったん、ミーシャ?)
 
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