国籍

 さて昨日はまさかの逆転負け、とはいえ、これで地元でケリを付けられることになったと考えている私。今日は木曜日、テニスのお話。今週は「番外」ということでこの間、ピザ屋でもらった「年間パスポート」 (決してネズミもアヒルも出てきません。)から、テニスに開ける「パスポート(国籍)」について、ちょっとややこしい部分もありますが、真面目に書いてみたいと思います。
(そのパスポートと国籍という意味のパスポートはまるっきり関係ないと思うんやけど、何か無理やり押し込んどってやないかな、ミーシャ?)

 最近世間でささやかれている「定住外国人の方に地方自治体レベルでの参政権を与える事の是非」というお話、共生云々という所ですが、ウチとこの会社にもそのお話があります。「国籍条項」という文章なんですが、採用に当たって国籍は問わないという事になっています。ただ、ある程度以上の役職には日本のパスポートがいるという事になっています。

 そこでほかのスポーツを見てみると、こんな例が…。
(1)野球  日本のプロ野球ではかつて、アジア系の外国人選手に帰化がよく見られました。(その例は郭源治(元中日)、荘勝男(元ロッテ)など、現役では松元ユウイチ(現ヤクルト)がいます。)当時、外国人枠は「1チーム2名まで保有」だったため、その枠を有効に利用したい球団側と、すでに日本で実績を残し今後も現役を続けたい外国人選手とが合意してのものであったと考えられています。しかしその後は外国人選手の出場枠の拡大や登録数制限の撤廃(1998年から。現在は支配下登録は制限なし、1軍登録は4人まで)、さらにフリーエージェント制導入により、この権利を取得した外国人選手(郭泰源(元西武)、タフィ・ローズ(元近鉄、巨人)など)は「日本人選手扱い」に変わるようになったことなどがあり、このような例はほとんど見られなくなっています。

(2)サッカー 国際大会が盛んな競技ゆえ、選手の帰化する例は非常に多い。有名な例としてはワールドカップ・イタリア大会(1934年)を有利に勝ち抜くために、他の国籍であった選手を帰化させたイタリア代表、2000年代に多数の他の国籍であった選手を帰化(自国籍を与えて)代表チームの強化を図ったカタール代表の例が挙げられます。これはサッカーにおけるナショナルチームが国籍を基本としているからです。2009年以降の規則では、
a)ユースからA代表までの公式戦のいずれかに「一度でも」出場した選手は他国の国籍を取得しても、他国の代表にはなれない。
b)二重(複数)国籍保持者に限り、年代別代表の公式戦に出場した選手であっても、既に保持しているもう一方の国籍の代表に一度だけ変更する事ができる。あくまで二重国籍における例外であり、年代別代表の公式戦出場時点で保持していなかった別の国の国籍を、後から取得して新しい国の代表になることは出来ない。
c)ユースからA代表までの公式戦に一度も出場していない選手に限り、他国の国籍を取得し、他国の代表になる事ができる。ただし代表になるためには、その国に5年の居住歴を持たなければならない。
という制限があります。

 個人競技であるテニスの場合、「パスポート(国籍)」が問われるのは、団体戦(BNPパリバ デビスカップ、ATPワールドチームカップ(男子)、フェドカップ(女子))のみですが、例外としてオリンピックがあります。ただ後で国籍を得た場合については、ITF(国際テニス連盟)の規定では『新しい国籍になってから3年たてば、新しい国の代表チームとしてプレーできる」という事になっています。現に何人かのプロ選手は国籍を変えてプレーした、ないししようとした事があります。

 その例を2つ。どちらも当時、東側であった「チェコスロバキア」からアメリカへ国籍を変えた例ですが2人の選手を取り上げてみたいと思います。1人はマルチナ・ナブラチロワ、もう1人はイワン・レンドル、どちらも世界チャンピオンになった名選手ですが、この2人は全く真逆の方法をとりました。レンドルはチェコスロバキア政府と交渉の上、『収入の半分を国庫に入れる』という条件で西側であるアメリカに住み、グリーン・カード(アメリカの永住権、カードの色が緑色であることからこう呼ばれます。)を取得後、選手生活の晩年になって、アメリカのパスポートを取得して、現在もアメリカ東部、コネチカット州の大豪邸に住んでいます。

 ただナブラチロワの場合は、皆さん、ひょっとしたら覚えておられる方もおられるかと思いますが、1975年(昭和50年)、アメリカで行われたトーナメントの最中にアメリカへ「亡命」した事件、それから6年後にアメリカのパスポートを取得したという実話があります。このあたりは彼女の自伝(日本語版あり)を読みましたが、結構ハードな心情のお話でした。そしてその後、フェドカップ(当時はフェデレーションカップと言っていた)でアメリカ代表チームのメンバーに入りました。ただ、オリンピックにはキャリアの晩年であったという事もあり、出場はできませんでした。

 この2人は私がテニスを始めた時分に、かなり私に影響した人物でもあります。とかなんとか言いながら、少々長くなってきましたので今日の所はここまでに…。
(まあ、どんなスポーツでも「国籍」というものはないんやけど、こういう場合は線を引いとかんといかんわね、ミーシャ。)
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