プロになった理由

 さて今週はチョロっと詰めて書く分で、やや曜日がずれている中、性懲りもなく受けもしないネタを書いている「学習能力のない」私。今日は以前に書いたお話、テニスのプロ選手についての続編を「番外」という事で…。
(ま~た、わけのわからん入りで来るんやから、ミーシャ。)

 テニスはゴルフと並んで「プロ・ツアー」という物が確立されています。
(ゴルフの場合、男子はPGAツアー、女子はLPGAツアーという物があります。)テニスでも男子はATPツアー。女子はWTAツアーという物があります。そのため、最近ではロシア、セルビアといった「旧共産圏」の舌を噛みそうな名前の方がごろごろ。(シャラポワ、キリレンコ、チャクベターゼ、この3人の名前を早口言葉で3回言えたあなたは大したものです。)何でまた、この地域の方々が増殖したのかというと、今から20年ほど前のゴルバチョフの「ペレストロイカ」、そのあおりで『外貨獲得の手段』として選手、指導者の『西側への流失』が起こり(特に多かったのはサッカーです。)その後の「共産主義の崩壊」という事で、スポーツにおいても個々人の責任という事が問われることになりました。そのため、比較的「金を稼げる」器が確立されていたテニスは格好のネタとなったという次第です。

 とはいえ、昔からの強国はある物でして、その中の1つ、チェコスロバキアは昔からテニスに力を入れていました。その中で育った選手はマルチナ・ナブラチロワ(私は未だに最強だと思っている。)、イワン・レンドル(私に最初に影響した選手)など多数いてます。とはいえ、彼らは後々に自分たちのプレーする機会を求めて、国とけんか別れしていますが…。(ナブラチロワの場合、「亡命」という手段をとり)(1975年)、レンドルの場合は「西側への移住」から帰化(1992年)という方法をとっています。)

 私もテニスで国外に行った時、トレーナーとは英語、もしくはスペイン語で対話をしていましたが(また、怪しい下ネタ、放送禁止用語連発だったんでしょ?)、その時でもこういうお話、プロのレベルならこういう時にどうしたのか?というネタでいろいろ助けになりました。そういうネタを知っているという事だけでも、他人よりは芸の引き出しは多いわけでして、今もたま~に使っています。(子供達には『すっげ~っ!!』とか言われますが、ある意味。これが快感だったりするんです。)

 訳のわからんお話ですが、今日はここまでに致しとうございます。
(あの~、その一昔前の大河ドラマみたいな終わり方すんのは、まるっきり合うてないような気がするんやけどね、ミーシャ。)
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