イワシの箱

 さてちょっとお目目がうさこちゃんになる、花粉に悩む私。今日は水曜日、巨大建造物のお話。4枠目の今週は「アリーナ」、今月はこんなお話です。
(これ、この時期は難儀する時期やけど、あんまし無理せんようにね、ミーシャ。)

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 今月はこちら。ギリシア・ピレウスにある「ピース&フレンドシップ・アリーナ」(Στάδιο Ειρήνης και Φιλίας, Stadio Eirinis kai Filias Peace and Friendship Stadium)です。バスケットボールのギリシア・リーグ、A1エスニキの名門、オリンピアコスBCがホームにしています。ヨーロッパ屈指の総合スポーツクラブですが、サッカーのオリンピアコスFCのホームスタジアムであるカライスカキス・スタジアムの反対側にあります。開場は1985年、オリンピアコスBCは1991年からホームアリーナとして利用しています。ヨーロッパでは最も大きなアリーナの一つで、当初は14095人収容でしたが、現在は12100人となっています。2004年アテネオリンピックのバレーボール会場、1987年のユーロバスケット、1998年のバスケットボール世界選手権のメインアリーナとして利用されました。

 また、今日のお題「イワシの箱」ですが、これはこのオリンピアコスに由来しています。ピレウスは首都アテネの外港として、その地位にありました。そのため、オリンピアコスの宿敵はアテネ市内に本拠を置くパナソニックじゃなかったパナシナイコスというチームになります。オリンピアコスは金持ちでお高く留まっているパナシナイコスを「ヴァセレス」(ワセリン)(おしゃれで髪を固めていることから、それを揶揄しています。)と茶化し、逆にパナシナイコスは庶民のチームであるオリンピアコスを「ガブロス」(イワシ)(ピレウスはアテネの郊外にある漁港です。)と呼んでいます。

 ということで今日のお話はここまで。噂では今日が異動の内命とかいうお話ですが、さてどうなりますか?ちょっと気になる次第です。
(ほれ、あんまし悩まんようにね、ミーシャ。)
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五輪のため

 さて昨日は再び、大真面目にWBCを見て、「最初の下馬評は何だった?」と思う私。今日は水曜日、巨大建造物のお話。3枠目の今週は「サーキット」、今日はこんなお話です。
(確かに、始まるまでは「今回はあかんよ」って言われとったけどね、ミーシャ。)

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 今月はこちら。ブラジル、リオデジャネイロにある「ネルソン・ピケ・サーキット」(ジャカレパグア)です。全長5031m、1977年に開場しました。元々湿地帯を埋め立てて造ったため、コースとしては比較的平坦です。そのため、ドライバーからはあまり評判は良くありませんでした。1978年、F1が初めてここにやってきた後は、1980年代のブラジルGPはすべてここで行われました。1988年、このサーキットは地元のスタードライバー、ネルソン・ピケの名前をかぶせて、「ネルソン・ピケ・サーキット」と改称されました。(2017年現在、自分の名前を冠したサーキットでレースをやったことがあるのは後にも先にもこの方だけです。)

 その後再び、インテルラゴスへ移ったF1は、再びここに戻ってくることはなかったのですが、ストックカー、オートバイのブラジルGP、1995年にはオーバル・トラックを増設してCART(インディカー)などで使用されました。しかし、2007年のパン・アメリカン・ゲームスでサーキットの東半分が閉鎖され、さらには去年のリオ五輪では競技会場の一部となる「リオ・オリンピック・パーク」が建設されたために、ここからサーキットはなくなってしまいました。

 コースはこんなものです。
(1)モリコテ  第1コーナーです。1989年、ポール・ポジションからスタートしたセナは内側からベルガーのフェラーリに並ばれ、外からはパトレーゼのウィリアムズに差されかかった中で、3台並んでこのコーナーに侵入します。ところが、このコーナーは3台並んで抜けられるほど甘くはなく、ベルガーは押し出されてスピン、セナもフロントのウィングを破壊されてしまうことになります。
(2)ノナト   バックストレートに入る1つ手前のコーナー。1982年、ブラバムのネルソン・ピケとフェラーリのジル・ヴィルニューヴが激しいトップ争いをやりました。
(3)ノルテ   ここを抜けるとバックストレートに入るコーナー、1984年、ディレック・ワーウィックが初優勝に向けてひた走るのですが、終盤にフロント・サスペンションにトラブルが出て51周目のこのコーナーでスピンしてリタイヤすることになります。
(4)スル    バックストレートの終わりに出てくるコーナー、1986年、ウィリアムズのマンセルはロータスのセナのインを突きます。しかし行き場がなくなってしまい、縁石にひっかけてリタイヤしてしまいます。
(5)ヴィトーリア 最終コーナーです。1985年、「F1微笑み黒魔術」アラン・プロストがフェラーリのアルボレートを執拗に追い回し、最後はシフト・ミスをしたアルボレートを抜き去りました。

 ということで今日のお話はここまで。今日はお休みですが、墓参りその他、やることは結構ございましてという中で、今日も1日、頑張りましょ。
(ほれ、その辺は段取りよく終わらせや、ミーシャ。)

元々の聖地

 さて昨日は大真面目にWBCを見て、妙に大味な後味が残ったものの、とりあえず筒香のホームランで何とかなったことに一安心の私。今日は水曜日、巨大建造物のお話。2枠目の今週は「スタジアム」、今日は「聖地」となるこんなスタジアムのお話です。
(これ、今日もまたマニアックなネタで来るんやろ、ミーシャ。)

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 今月はこちら。以前に現在のウェンブリー・スタジアム(イギリス、ロンドン)について書いたことがありましたが、これは2007年に登場した2代目のものです。元々の初代は1923年に開場したものですが、今回はその「初代の」ウェンブリー・スタジアムについて書いてみたいと思います。1923年に開場、収容人員82000人のこのスタジアムは元々は、博覧会のメイン会場として建設されました。入り口には象徴である2つの塔、さらにはイングランド代表チーム、FAカップの決勝などよっぽどの試合でないと使わないという希少性から、ここで何回プレーしたかを示す「ウェンブリー・アピアランス」というものが話題になりました。

 1948年、第2次大戦後初めてのオリンピックの会場に選ばれた後は、1966年のFIFAワールドカップ(TM)、1996年のヨーロッパ選手権などを経て、数々の栄光の舞台となったこのスタジアムは築70年を過ぎ、老朽化が激しくなってきました。そこでFA(フリー・エージェントではありません。フットボール・アソシエーション(The Fooball Association)のことです。1863年に創立された世界最古のサッカー協会であるため、英語の正式名称は国名を表す修飾語を用いず定冠詞 'The' のみを伴う形で表記されます。)は2000年のFAカップの決勝を最後にスタジアムの閉鎖、並びに建て替えを決定しました。そして2003年、ツインタワーのこのスタジアムは取り壊され、その跡地に2007年、現在の(2代目)ウェンブリー・スタジアムが建てられました。

 またこのスタジアムはFCバルセロナにとっては、ホーム・スタジアムのカンプ・ノウと並ぶ「聖地」としてあがめられています。1992年、UEFAチャンピオンズカップ(現 UEFAチャンピオンズリーグ)の決勝は中立地での1発勝負ですが、この年の会場はここでした。決勝まで勝ち上がったのは3度目、「3度目の正直」とばかりにバルセロナはサンプドリア(イタリア)を相手に延長までもつれ込みます。延長後半7分、バルセロナはフリーキックのチャンスを掴むとロナルド・クーマンが強烈なミドルシュートを叩き込み、バルセロナが初優勝を飾りました。しかし、12月のトヨタカップでは「白いフェラーリ」サンパウロ(ブラジル)に世界一の座を阻まれました。

 ということで今日のお話はここまで。今日も1日、どんなことが起きますか?「それ行け、ウシシシ、お楽しみ」ということで今日も頑張りましょ。
(これ、それってどっかで聞いたことあるんやけど、「アラレちゃん」のネタやなかった、ミーシャ。)

レトロの復活

 さて最後の月に入った今日、またもや上と折り合いの悪い私。まぁ変わるのはほぼ間違いないところですが、もう1年とかになるとちょっと難儀をするでしょうねと思う中、このお話を書いています。今日は水曜日、巨大建造物のお話。1枠目の今週は「野球場」、今日はこんなお話です。
(これ、折れるところは折れんといかんよ、ミーシャ。)

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 今月はこちら。アメリカ、メリーランド州ボルチモアにある「オリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズ」(Oriole Park at Camden Yards)という球場です。メジャーリーグのボルチモア・オリオールズが本拠にしている、1992年開場の45971人収容、天然芝の球場です。名前の由来はオリオールズの本拠地であることがわかりやすい「オリオール・パーク」、建設地に以前あった操車場の名前からとった「カムデン・ヤーズ」など様々な名前が候補に挙がりましたが、球団オーナーのエリ・ジェイコブスは「オリオール・パーク」を、メリーランド州知事のウィリアム・ドナルド・シェーファーは「カムデン・ヤーズ」をそれぞれ推し、結果的に妥協するかたちで両案を組み合わせた名前になりました。左右非対称のフィールドはセンター123.7m、レフト112.2m、ライト97.5mと右中間までが比較的遠く、高さ25フィート(約7.6m)のフェンスもあるため、左打者には本塁打が出にくい球場です。また内野の芝が長い目のため、内野手は肩の強さも求められます。

 元々新球場の建設に当たっては、当時の球場はほとんどNFL(アメフト)との共用だったという時代があったことと関係しています。アメフトは長方形のフィールド形状のため、扇型の野球場でやるにはちょっと無理のある形状になってしまいます。そのため、急こう配の高いフィールド、やたらと広いファール・グラウンド(見る方が間延びします。)、そして人工芝(意外に思われますが、天然芝と人工芝では人工芝の方が体にかかる負担は大きいんです、これは天然芝の下は土、人工芝の下はコンクリートがほとんどという硬さの問題から来ています。)など、ちょっと厄介なものでした。

 そこで当時のオリオールズ副社長ジョー・フォスが「街とチームの歴史や伝統を生かしつつ、今のファンが見たこともないようなボールパークを作りたかった」 と語った通りの斬新な球場でした。「レトロ回帰」をコンセプトに以上の特徴を兼ね備えたカムデンヤーズは野球ファンに大受けし、オリオールズの観客動員は前年比100万人増を記録しました。その後、この新古典主義の球場はクリーブランドやデンバーにも建設され、やはりインディアンスやロッキーズの観客は大幅増。以後、「球場を建てれば客が来る」と言わんばかりの新球場建設ラッシュとなりました。また、日本のMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島のコンセプトやデザインにも影響を与えています。

 またこのボルチモア・オリオールズは1988年シーズン、開幕から21連敗というメジャーリーグの記録を作っています。(通算ではフィラデルフィア・フィリーズの23連敗(1961年)というものがあります。)監督のカル・リプケン(父)を6試合経過後に解任し、あれこれやったものの、なかなか結果が出ない(決して、「私と同じだ~!!とは言ってません。)、何とか22試合目のホワイトソックス戦で連敗はストップしたものの、その次の試合も負けて、4月は1勝22敗という「ありえね~」コケぶり、しかし、5月2日、2週間ぶりに地元に戻ってきたチームを、ボルティモアのファンは温かく迎えていました。開幕戦以来の大観衆を集めたメモリアル・スタジアムで始球式の大役を務めたのは、あのDJリヴァーズでした。

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 そしてここを語るに外せない「クラブケーキ・サンドイッチ」、カニの身をほぐして焼いて、はさんだサンドイッチですが、これがまたおいしいんです。以前に「野球場のグルメ」で語ったこともありましたが、一度ご賞味あれということで、今日のお話はここまでに…。
(これ、な~んか最後は無理やり締めたやろ、ミーシャ。)

 

パラは箱

 さて昨日は職場のお食事会、さっさと終わらせて、お誘いなども来なかったので、そのまま帰って早寝した私。今日は水曜日、巨大建造物のお話。4枠目の今週は「アリーナ」。今日はこんなお話です。
(これ、早い目に帰ってくるのはええ事やと思うよ、ミーシャ。)

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 今月はこちら。只今佳境に入ってきましたバレーボールのイタリア・リーグ(スーペル・レガ(セリエA1))から「パラトレント」(PalaTorento)というアリーナです。イタリア東北部、トレントにある収容人員4360人、2000年に開場しました。現在はセリエA1最強のトレンティーノ・バレーの本拠地です。他にもバスケットボール、またバレーボールのイタリア代表チームの合宿地にもなっています。

 またこのセリエAと言えば、サッカーが有名ですが、バレーボール、バスケットボールもプロ・リーグはこの言い方をします。バレーボールの場合、男子は14、女子は12チームが、男子は9月(女子は10月)から翌年3月上旬までの2回戦総当たり、ホーム&アウェイのレギュラー・シーズンの後、上位8チームによるプレーオフ(5戦3勝)を5月までやるパターンです。外国人枠(イタリア国外の選手)については、チーム所属人数は自由であるが、男子の場合はコート上には常に3人以上のイタリア人選手がいなくてはいけません。また女子の場合は登録メンバーに4人以上のイタリア人、コート上には2人以上のイタリア人がいなくてはいけません。(この場合、サッカーのようにEU域内であればとかいうわけではありません。)

 ということで今日のお話はここまで。最近、どうも「青い字のかっこ」がなかなか出てこないもので、♪同様ちょっと悩んでいます。とはいえ、今日も1日、頑張りましょ。
(ほれ、今日はええ1日になると思うよ、ミーシャ。)
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