桜とデイジー

 さて例の議員秘書の掛け持ち騒ぎ、これはどう考えても当の本人が釈明しないと収まりがつかないような気もする中、昨日は京都、五山の送り火をテレビで見ていた私。今日は木曜日、巨大建造物のお話。3枠目の今週は「サーキット」、今日はこんなお話です。
(これ、静かに見とったの、ミーシャ?)

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 今月はこちら。イタリア、ミサノにある「ミサノ・ワールド・サーキット・マルコ・シモンチェリ」(Misano World Circuit Marco Simoncelli)というサーキットです。イタリア東海岸、アドリア海沿岸のミサノという町にあります。2007年より、ロードレース世界選手権(MotoGP)の一戦であるサンマリノ・グランプリを毎年の9月に開催しています。(4輪のサンマリノ・グランプリはここから150kmほど内陸に入ったイモラで2006年まで行われていました。)全長4064m、高速コーナーが設置された前半セクションとテクニカルな後半セクションからなるコースで、どちらの特性にも対応できるセッティングとライディング技術が求められます。海風の影響で絶えず変化する路面コンディションも特徴です。

 1970年から1972年にかけて建設され、同年開業しました。ただし、当時は「左回り」(時計と逆向き、有名どころではイモラ(イタリア)、インテルラゴス(ブラジル)などがあります。)のコースでした。初期の距離は 3488mであり、小さなオープンピットエリアしかありませんでした。この距離の時代、1985年から87年までにサンマリノグランプリを開催しています。1993年に初めての改修が行われ、距離は 4060mまで延長されました。この改修により新しいロングコースと古いショートコースが使用できるようになり、新たな施設およびピットガレージが建設されました。しかし、回収後のこけら落としとなったイタリア・グランプリではディフェンディングチャンピオンのウェイン・レイニーが転倒して背骨を骨折、そのキャリアを終えることになってしまいました。1996年から2001年にかけてピットおよびスタンドが増設され、全ての施設がさらに改良されました。2004年にサーキットへのアクセス道が新設されましたが、2003年に鈴鹿で事故死した加藤大治郎を追悼して、「加藤大治郎通り」(Viale Daijiro Kato) の名が付けられています。2006年には2度目の改修が行われ、この際に現在の右回りになりました。また、マルコ・シモンチェリとは人名で2011年10月にマレーシア、セパンでレース中に事故死した元250㏄クラスの世界チャンピオンです。2011年11月、現在のサーキット名になりました。

 ということで今日のお話はここまで。今日はおうちに帰る日です。たまりにたまったものが気になるところですが、ちょっと楽しみにしてましょという次第です。
(これ、ドア開けたら爆発するから、開けるのは慎重にね、ミーシャ。)
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爆心地

 さて愛するタイガース、昨日は某投手Iの背信沙汰にスチール缶を握りつぶし、その裏でプールは1人の「居残りのトラウマ」、そして今日は新しく来たパンダちゃんの一撃でとりあえずは勝っていることにやれやれの私。今日は水曜日、巨大建造物のお話。2枠目の今週は順番変わっての「野球場」、今日、8月9日が長崎の原爆の日という事でこんな球場のお話です。
(これ、また何を無理やりこじつけて書こうというんかな、ミーシャ。)

ビッグN500

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 今月はこちら。長崎にある「長崎ビッグNスタジアム」(長崎県営球場)です。市内中心部の平和公園の中にある1997年開場、収容人員25000人の球場です。両翼99.1m、センター122mの球場です。元々市営の大橋球場という球場があったのですが、狭い(両翼90m、センター115m)、古い(1951年に完成)、危険(外野のラバーフェンスが1mしかない)という事で施設を県に移管して、建て替えることになりました。

 こうして、スコアボードは九州・山口9県では福岡ドームに次ぐ全面電光式(公営としては九州・山口地方9県初)。九州でも随一の設備を誇る野球場として生まれ変わりました。当球場の愛称である「ビッグNスタジアム」は「長崎県民の夢を大きく育む野球場に育って欲しい」というコンセプトの下で名付けられました。開場以来、高校や社会人などのアマチュア野球公式戦が開催されています。開場以来、プロ野球公式戦が行われるようになり、2000年にはオールスターゲーム第3戦が開催されました。 (2018年以降、4年に1度は地方の球場でやる事を決定しています。このため、来年、2018年のオールスターゲームは第2戦を熊本県営藤崎台球場で行います。)

 そして、今から72年前の8月9日、この球場から400mほど離れたところが原爆の爆心地となりました。現在のここの住所は「「長崎市松山町2-5」ですが、当時の町名は「駒場町」。新しい家族が移り住む、新築の家が多い、皆が子どもたちの遊戯会を心待ちにする、和気あいあいとした町でした。しかし原爆で駒場町の建物はほとんどが全焼。町内で唯一即死を免れた女性も、3日後に息絶えました。その後、駒場町は1964年(昭和39年)に松山町に編入され、地図からその名前は消えました。

 という事で今日のお話はここまで。明日の分をさて、どうしようとネタを繰ることになりそうです。
(ほれ、ないんならやめといてもええんと違う、ミーシャ。)

赤い龍の箱

 さて今日も暑い中でのお仕事、そしてその裏では今年も失速の愛するタイガースはまだ試合をやってたんだと思う中、ドタバタの締め方をして、このお話を書いている私。今日は水曜日、巨大建造物のお話。1枠目の今週は順番入れ替わっての「スタジアム」、今日はこんなお話です。
(これ、ま~た鉛筆投げて決めたんやろ、ミーシャ。)

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 今月はこちら。ウェールズ、カーディフにある「ミレニアム・スタジアム」です。1999年、イギリスのミレニアム・プロジェクト(2000年記念事業)の一環でカーディフ・アームズ・パーク内にあったウェールズ国立競技場に替わり、ヨーロッパでは2例目の開閉式屋根付きスタジアムとして建設されました。収容人員は74500人。ウェールズのラグビーにとっては「聖地」と呼ばれる場所です。ロンドンにあるウェンブリー・スタジアムが改修工事中の際は、イングランド・サッカーのFAカップやリーグカップなどの決勝戦は2001年から2006年までここを使用していました。また今年のUEFAチャンピオンズリーグの決勝もここで行われました。

 そしてそのラグビーですが、ウェールズにとっては魂とも言うべきもので、試合前から客の肩入れ度が違う。特に相手がイングランドなどの場合はさらにノリます。もちろん国歌「わが父祖の土地」(英語でLand of my father、ウェールズ語ではHen Wlad Fy Nhadauという曲です。イギリスの国歌は「女王(国王)陛下万歳」(God Save the Queen (King))ですが、ウェールズ、アイルランドではあまりウケがよくありません。)は観客全員が総立ちでアカペラで歌っています。

 という事で今日のお話はここまで。これからちょっとプールに行って、今日も絞ってきます。
(これ、あんまし無理せんようにね、ミーシャ。)

ピザの箱

 さて今日は山の中で大苦戦、下手したら「川口浩の探検隊シリーズ」のように、私を捜索しなくてはならなかったかもしれない状態の中でお仕事終わらせて帰ってきた私。今日は水曜日、川口浩は水曜スペシャルの定番でしたが、そんなお話は置いといての巨大建造物のお話。4枠目の今週は「アリーナ」、今日はこんなお話です。
(これ、アンタは結構道に迷わんと行ける方やなかったかな、ミーシャ?)

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 今月はこちら。最近食べていない「ピザ」から、アメリカ、デトロイトにある「リトル・シーザーズ・アリーナ」(Little Caesars Arena)というアリーナです。今年の9月にこけら落としが行われ、NBA(バスケットボール)のデトロイト・ピストンズ、NHL(アイスホッケー)のデトロイト・レッドウィングスが2017‐18シーズンからホームにする出来立てホヤホヤのアリーナです。収容人員20000人、地上8階建てのアリーナです。(以前にも書きましたが、レッドウィングスはこのアリーナに移転するのは決まっていたのですが、ピストンズは移転を正式には決めていませんでした。そのため、この建設に便乗した形でアリーナの移転を2016年11月に決定しました。)また近くには画像2枚目の通り、野球のデトロイト・タイガースの本拠地、コメリカ・パーク、アメフトのデトロイト・ライオンズの本拠地、フォード・フィールドがあります。

 そしてこの「リトル・シーザーズ」という名前はアメリカ第4位の宅配ピザチェーン、リトル・シーザーズが命名権を得たことでつきました。(1位はピザハット、2位はドミノ・ピザです。決してピ×ーラとかアオ×ーズ・ピザとかが入っているわけではありません。)ただ、ウェブサイトの littlecaesarsarena.com が第三者に取得されたため、所有するオリンピア・エンターテインメントは同社サイト内にアリーナウェブサイトを設けています。また、レッドウィングスのオーナー、マリアン・イリッチが所有する会社でもあります。そのため、レッドウィングスの方が優遇されているような気もしますが、どちらも熱狂的にコアなファンが巣食い、また近所のクリーブランド(インディアンズ(野球)、キャバリアーズ(バスケットボール))、シカゴ(カブス、ホワイトソックス(野球)、ベアーズ(アメフト)、ブルズ(バスケットボール)、ブラックホークス(アイスホッケー))に敵対心丸出しになります。

 という事で今日のお話はここまで。今日はゆっくり「反省」して、1本ひっかけましょかという次第です。
(これ、あんまし飲んでばっかりではいかんよ、ミーシャ。)

エドガーの道

 さて暑い日と雨の日が続く中、今日も真面目にこのお話を書いている私。今日は水曜日、巨大建造物のお話。3枠目の今週は「サーキット」、只今行われている「ツール・ド・フランス」からこんなお話です。
(これ、昨日は大変やったね、ミーシャ。)

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 今月はこちら。フランス南西部、ピレネー山脈にほど近い「ポー」という町があります。その市街地を封鎖して造った市街地サーキット、「ポー市街地コース」というコースがあります。全長2760m、初開催は1901年と古く、定期的にレースが開催されるようになったのは1933年のことです。1964年から1984年まではフォーミュラ2(F2)、1985年から1998年まではフォーミュラ3000(F3000)、1999年から2006年まではフォーミュラ3(F3)といったフォーミュラカーのレースが開催されていたが、2007年よりWTCC(世界ツーリングカー選手権)が開催されています。

 コースは一言でいうと、「市街地コースらしくないが、とにかく道が狭い。」、しかも、ここには旧時代のグランプリ・サーキットが持ち合わせていたあらゆる複雑さがまだ残されています。もちろん、そのサーキット自体の攻略の難しさにおいても、モダンなサーキット群に対してまったくひけをとっていません。そのカーブがきついタイトなコーナー群(ホームストレートから狭く、2から3コーナーに向けてさらに段々と狭くなります。)とレイアウトの複雑さから、ドライバーたちはこのコースの性格をちょうど「市街地コースの代名詞」モナコと「難所続きの」マカオの中間と評していますが、先の2つのサーキットとポーが違う点は、ここにはサーキットの裏側を回り込むコーナーをはじめとした高速コーナーが用意されているということです。オープニングラップを見ると3コーナーでの後続マシンの進入速度はまさにパレードのようです。

 またこのポーは、只今行われている「ツール・ド・フランス」、名物は2つの山脈越えステージですが、その1つ目のフランスとスペインの国境越えのピレネー山脈越えステージのスタート地点ないしゴール地点として、コースに組み入れることが多く、2015年時点ではパリ(ゴール地点です。)、ボルドーに次ぐ3番目の登場回数となっています。 (もう1つはフランスとスイス、イタリアの国境越えのアルプス山脈です。)

 という事で今日のお話はここまで。雨は上がったのですが、今日もまた泥沼の1日になりそうです。
(これ、あんまし無理せんようにね、ミーシャ。)
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