爆~速の公道

 さてお外は雨、そんな中、今日も真面目にこのお話を書いている私。今日は水曜日、巨大建造物のお話。3枠目の今週は「サーキット」、今週末に行われるF1からこんなコースのお話です。
(これ、ま~た無理やり埋めるんやろ、ミーシャ。)

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 今月はこちら。原油で世界的に有名なアゼルバイジャンのバクーにある「バクー・シティ・サーキット」(バクー市街地コース)です。近年のバクーはユーロビジョン・ソング・コンテスト2012、2015年ユーロオリンピック、サッカーのUEFA ユーロ2020などの国際的イベントの誘致に熱心な姿勢を見せています。また次の次、2018‐19シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ、UEFAヨーロッパリーグの決勝の開催地に立候補しています。(ちなみに2017‐18シーズンはそれぞれキエフ(ウクライナ)、リヨン(フランス)で行われます。またこの開催地は9月のUEFAの理事会で決まります。)そんなカスピ海に面するバクーの新旧市街地を舞台にした左回りのコース。1周約6003mは、F1開催コースの中ではベルギーGPが行われるスパ・フランコルシャン(7004m)に次ぐ長さです。当初の予想は平均速度211km/h、最高速度340km/hを記録すると予想されたが、それよりもっと速い370km/hを叩き出しています。(ちなみに市街地コースの代名詞、モナコ、モンテカルロ市街では160km/hほどです。)本来、市街地コースではダウンフォースを稼ぐ空力セッティング(やたらとバカでかいウイング、数の多いフラップなどをハリネズミのようにおったてるなどがあります。)を施すのですが、バクーは直線区間が長いため、ドラッグを減らす妥協点を見つける必要があります。

 コースはこんなものです。
(1)セクター1(スタート〜ターン7)
直線と90度コーナーを組み合わせた典型的なストリートコース。ターン6〜7間の直線は防護壁を隔ててターン19〜20間の直線と対面走行するような格好になります。
(2)セクター2(ターン7〜ターン16)
ユネスコの世界遺産に認定されている旧市街地「イチェリ・シェヘル」の城壁の周囲を巡ります。北側のシェマハ門付近にあるターン8から11にかけてのスラロームセクションは、車1台がやっと通れるほどの狭さ(道幅7.6m)しかありません。またここは石畳なのですが、臨時にアスファルトを敷いています。(当然レースが終われば、そのアスファルトは撤去します。)ターン14から先は下り坂となり、ターン15の出口はアウト側の壁に当てがちです。
(3)セクター3(ターン16〜フィニッシュ)
海岸沿いの道 (Baku Boulevard) に沿って走る高速セクションで、約2.2kmに渡って加速区間が続きます。またこの長いストレートゆえに、トップスピードも上がるため、何と公道コースではありえね~という370km/hを叩き出しています。

 という事で今日のお話はここまで。この雨ですが、「車を洗うにはいいわね。」という事で、今日も1日、頑張りましょ。
(ほれ、そんなとこで妙な「貧乏根性」だしてんやないんよ、ミーシャ。)
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王家のテント

 さて昨日は終わった後でプールに行って、周りが「もうちょいエグいネタをやらせろ!」という「いらんことを言わんでよろしい」と思う中で、ヒ~コラ。そしてその後はFIFAワールドカップ(TM)、アジア最終予選のイラク戦を大真面目に見ていた私。でもこの間の「青炎」ユニフォームじゃなかった今日は水曜日、巨大建造物のお話。2枠目の今週は「スタジアム」、最終予選もあと2試合になってきましたが、その最後の試合会場、最近問題になった「サウジアラビアとカタールの断交(いわゆるサウジによるカタールへのいじめ)」からこんなスタジアムのお話です。
(これ、それはこないだの東野幸治の番組のネタと違うの、ミーシャ?) 

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 今月はこちら。サウジアラビア、リヤドにある「キング・ファハド国際スタジアム」というスタジアムです。1987年に開場の収容人員67000人、サウジアラビア最大のスタジアムで、サウジアラビア代表チーム、並びにクラブチームのアルコールでもアル・プラザ(それはウチとこの近所にある「平×堂」でしょ、ミーシャ!)でもなかったアル・ヒラル(ヒラルとはアラビア語で「三日月」という意味です。)、アル・シャパブ(シャバブとはアラビア語で「青年」という意味です。)、アル・ナスル(ナスルとはアラビア語で「勝利」という意味です。)がホームにしています。

 酷暑の地という事で、このスタジアムは全席屋根付き、このスタジアムの屋根は世界最大級であり、全シートを含む47000㎡を覆っています。直径247mの周囲を24の瞳じゃなかった柱が支えています。この屋根は強い日差しからシートと競技空間を守り、砂漠気候の中での快適な空間を作っています。

 また、もうすぐ始まるFIFAコンフェデレーションズカップ(TM)、FIFAワールドカップ(TM)の前の年にプレ大会として翌年の本大会開催国(今回は2018年の開催国、ロシアです。)で行われますが、元々は1992年に、当時アジアカップのタイトルを保持していたサウジアラビアと、他の大陸王者とを戦わせるという目的でサウジアラビアの私的な大会として始まりました。そのため、FIFAが主催する大会ではなく、サウジアラビアが開催国として大会を運営しており、大会名もキング・ファハド・カップという名前でした。1997年の第3回大会から6大陸の王者チームが揃うようになり、管理もサウジアラビアからFIFAに移り、1999年からは持ち回りの開催になりました。また当初は2年に1度でしたが、過密日程が問題になり、2005年からは4年に1度、ワールドカップのプレ大会という位置づけになりました。登場するのはこんなところ。

ヨーロッパ(UEFA)  UEFAヨーロッパ選手権   今回は2016年大会の優勝チーム、ポルトガルです。
南米(CONMEBOL) コパ・アメリカ         今回は2015年大会の優勝チーム、チリです。 
北中米カリブ海(CONCACAF) ゴールドカップ  今回は2015年大会の優勝チーム、メキシコです。
アフリカ(CAF)    アフリカ・ネーションズカップ 今回は2015年大会の優勝チーム、カメルーンです。
アジア(AFC)     AFCアジアカップ        今回は2015年大会の優勝チーム、オーストラリアです。
オセアニア(OFC)  OFCネーションズカップ    今回は2015年大会の優勝チーム、ニュージーランドです。
前回のFIFAワールドカップ優勝国           今回は2014年大会の優勝チーム、ドイツです。
開催国                            今回は2018年大会の開催国、ロシアです。

 またこのサウジアラビアは、基本的に観光目的での入国を認めていません。世界屈指の動員力を持つメッカとメディナの2大聖地を抱える都合上、ムスリム(イスラム教徒)の巡礼目的での「観光ビザ」は存在していましたが、2007年からは非ムスリムに対しても観光ビザが発行されるようになりました。しかし、団体ツアーのみ発行され個人には発行されていません。個人入国を認める査証は巡礼(巡礼ビザ、ムスリムのみ)か政府や各種団体(外交官ビザ、公用ビザ)、現地企業の招聘による仕事(商用短期訪問ビザ)、サウジアラビア在留者の家族(家族訪問ビザ)の場合のみ発行されます。女性は既婚者が原則で夫または男性の近親者同伴、単独の場合は30歳以上であることが条件です。(要するに「若い女性が行ったら、風紀を乱す」とか言うやつですな。) 

 ということで今日のお話はここまで。この後がちょっとややこしい部分も出てきましたが、今日も1日、頑張りましょ。
(ほれ、あんまし無理せんようにね、ミーシャ。)

進撃と惨劇

♪身~の毛もよだつ~、悪~夢の連敗~、巨人の選手に~迫る惨劇~、コ~ネと~FA、機~能してない~、ランナーたまる、四球の重~圧が~、「助~けてくれ」と叫~んでいるの~さ~♪(聖飢魔Ⅱ「蝋人形の館」のメロディでどうぞ)さてけしからん某全国紙、ついについに球団ワースト記録の11連敗、それも押し出しで勝ち越し点を献上という、また「ホントの」11連敗にゲラゲラ、しかし愛するタイガースはな~ぜか鯉との差がつまらない中で、この♪ネタを考えている私。今日は水曜日、巨大建造物のお話。1枠目の今週は「野球場」、その巨人からこんな球場のお話です。
(これ、アンタもこういう時に考えるネタはな~んか生き生きとしとるね、ミーシャ。)

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 巨人の球場と言えば「からくりドーム」じゃなかった「東京ドーム」、来年で開場30周年を迎えますが、その前は「後楽園球場」という球場でした。1937年(昭和12年)に開場、両翼89.7m、センター120.8m、収容人員42300人(最終)の球場です。

 元々自前の球場を持たなかったプロ野球が、球場の確保ということで砲兵工廠の跡地を譲り受け、株式会社後楽園スタヂアム(現 株式会社東京ドーム)を設立、そこに内野2階建てスタンドを持つ野球場が建設され、1937年(昭和12年)9月に開場しました。その後戦時中に、軍に接収されましたが、戦後の1950年(昭和25年)にはナイター設備を設置。1958年(昭和33年)には両翼を78mから90mに拡張するなど施設の整備に努めました。

 1952年(昭和27年)にプロ野球では正式にフランチャイズ制度が導入されましたが、後楽園は巨人、国鉄スワローズ(現・東京ヤクルトスワローズ)、東急フライヤーズ(現・北海道日本ハムファイターズ)、毎日オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)、大映ユニオンズ(千葉ロッテマリーンズの前身球団のひとつ)の5球団が本拠地として構えるなど日本一の球場の名をほしいままにしていましたが、1964年(昭和39年)にスワローズが神宮球場に移転すると、残ったのは巨人と東急だけになりました。(東急(日本ハム)がフランチャイズを北海道へ移したのは2004年からです。)施設整備も進み、1966年(昭和41年)には内野に天然芝を敷設し、1970年(昭和45年)にはスコアボードを電光掲示化。1976年(昭和51年)には人工芝を敷設しました。(後ろの2つは日本の野球場としては初めてです。)そして1981年(昭和56年)、巨人と日本ハムという同じ球場を使うチームがで日本シリーズをやったことでも有名になりました。また日本プロ野球(日本野球連盟・日本野球機構)史上、後楽園球場での開催試合数7172試合、本塁打10416本は現在でも球場別ランキングの第1位です。

 そして巨人をず~っと見つめてきたこの球場は、競輪場跡に東京ドームが建設されたことや、施設の老朽化により球場としての役割を東京ドームに譲り、1987年(昭和62年)11月8日に開催された巨人ファン感謝デーのイベントを最後に閉鎖・解体されました。このイベント終了後、スタンドの椅子などを取り外して持ち帰ったファンもいたと言われています。跡地は駐車場として用いられた後、プリズムホールや東京ドームホテルが建設されました。

 プロ野球以外では、都市対抗野球大会の開催地として、1938年(昭和13年)から1987年(昭和62年)まで使用された。コンサートでも数多く利用され、日本初のスタジアム・ライブとなった1968年(昭和43年)8月12日のザ・タイガース公演を端緒として、西城秀樹、矢沢永吉、アリス、キャンディーズ(普通の子に戻りたいと引退、解散コンサートをやったのは有名ですな。)、ピンク・レディー、たのきんトリオなどの国内アーティストの他、エマーソン・レイク・アンド・パーマー、フリー、グランド・ファンク・レイルロード、サイモン&ガーファンクル、マイケル・ジャクソン、マドンナ、スティーヴィー・ワンダー、デュラン・デュラン、ライオネル・リッチー、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースなどの欧米のスーパースターが大規模コンサートを行ない、コンサート以外でも日本テレビの「アメリカ横断ウルトラクイズ」などの巨大イベントで使用されました。

 阪神ファンの方にとっては「ランディ・バースが江川からぶっ放した場外ホームラン」(1986年6月26日)で有名です。未だに巣食う「バース原理主義」、去年日本ハムにいたアンソニー・バースの名前を聞いた時、「バースの子供?」と思ったほどです。現在でも往年の阪神ファンからは絶大な人気を誇り、バースの活躍以降、関西のメディアでは阪神の新外国人打者がキャンプやオープン戦で好調な場合「バースの再来」と報じることが恒例になっています。(とはいえ、それで騒がれた選手は、結局ロクなことにならないのがほとんどです。)

 ということで今日のお話はここまで。さてこの連敗劇はいつまで続くのか?頭の中を巨人ファンの知人がぐるぐる回っていますが、今日も1日、頑張りましょ。
(ほれ、そんな悪乗りしとったら、しまいにえらいことになるよ、ミーシャ。)

究極の無駄遣い

 ♪あ~きらめま~し~た~ 今~年~のド~ラ~は~ もう 球場にも 行かな~い~ 試~合の度に 誰が投げても~ 打~たれるだけ か~な~し~い~♪(研ナオコの「かもめはかもめ」のメロディでどうぞ)さて愛するタイガース、昨日はカモメをシバいた裏で、ドラちゃんは天敵の鷹にボコされて再び「ドンベ」、まさに「降竜戦」を地で行く中身にグフフのフ。そして昨日はプールでガス欠寸前まで追いやられた後は、大真面目に圭を見ていた「バッテリーの回復の速い」私。今日は水曜日、巨大建造物のお話。今週は「番外」ということで、こんなお城のお話です。
(これ、あんまし飲んでばっかりではいかんよ、ミーシャ。)

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 「ネズミの国」の「眠れる森の美女の城」のモデルになったのは有名ですが、ドイツ南部、バイエルン州の西部、オーストリアとの国境にほど近いホーエンシュヴァンガウというところにある世界的に有名なお城、ノイシュバンシュタイン城が今回のお話です。バイエルン王のルードヴィッヒ2世が1869年に建設を命じ、1886年にとりあえず、完成しました。(この「とりあえず」という理由はあとで出てきます。)これ以後ルードヴィヒ2世はミュンヘンではなく、ここに住むことになります。

 一見すると伝統的な建築方式で造られているように見えるのですが、石造り(ヨーロッパは「石の文化」ともいわれています。また東洋は「木の文化」と言われていますね。ただ、ヨーロッパで「石組み」が主流なのは「地震」を考えなくてもいいという部分があります。)ではなく鉄骨組みのコンクリート及びモルタル製で、装飾過多であり、耐候性や耐久性も低いものでした。(決して「悪徳リフォーム業者の餌食になった」わけではありません。)この城は軍事拠点としての「要塞」としてではなく、また政治や外交の拠点としての「宮殿」として建設されたものでもなく、後述のようにルートヴィヒ2世のロマンティック趣味のためだけに建設されたもので、ドイツの城館に本来は必ずあるべき小聖堂や墓地がこの城にはなく、玉座を後回しにしてもヴィーナスの洞窟と名付けられた人工の洞窟が建設されるなど、実際の住居としての居住性はほとんど考慮されておらず、施設としての実用性は無視された設計になっており、居住にも政務にも(もちろん軍事施設としても)不向きな城です。

 ルートヴィヒ2世は中世騎士道への憧れを強く抱いた人物で、ワーグナーを庇護し、彼の創作する楽劇の世界に酔いしれた、いわゆる“ワグネリアン”でした。膨大な額の援助を彼に施し、「私自身の作品」として自分の中世への憧れを具現化するロマンティックな城を造ろうと決意します。このため城全体のグランドデザインを行うよう指名されたのは建築家でも技術者でもなく、宮廷劇場の舞台装置・舞台美術を担当していた画家のクリスチャン・ヤンクでした。他にもあっちこっちにこの手の城を建設しようと考えていたこのお方は建設費用はほぼ王室費から支出し、バイエルン政府の国庫とは別会計ではあったものの、王室公債などを乱発して借金を積み重ねていきました。プロイセンに対し普墺戦争の損害賠償を未だ抱えていたバイエルン政府はこれに危機感を募らせ、最終的に首相ルッツらは、ルートヴィヒ2世を形ばかりの精神病鑑定にかけ、統治不能としてベルク城に軟禁してしまいました。その翌日、王は主治医とシュタルンベルク湖畔を散歩中に謎の死を遂げました。(ここでポアロもコナンも出てきません。)王がノイシュヴァンシュタイン城に居住した期間は、わずかに102日間でした。ルートヴィヒ2世が亡くなった時点で、ノイシュヴァンシュタイン城は王の構想の一部を実現したに過ぎず、未完成部分を多く残していたのですが、建設工事はこの時点で中止されました。元来実用性の乏しい施設であったため、公的な施設として用いられることはなく、その直後から城と内部は観光施設として一般公開されました。

 その一般公開は4~9月の春夏は9~18時、10~3月の秋冬は10~16時の間ですが、館内の見学はツアーへの参加が必須となっており、麓のホーエンシュヴァンガウにあるチケット売場で事前にツアーのチケットを購入する必要があります。ただし、老朽化その他で一部入場者数に制限を設けています。

 ということで今日のお話はここまで。私も「無駄遣い」をしないようにしているつもりですが、今日も1日、頑張りましょという次第です。
(ほれ、ちゃんと大事に使うんよ、ミーシャ。)
 

渦中の箱

 さて昨日はプールに行こうにも、なんともの重さの中で、ちょっとお休みしていた私。今日は火曜日、順番ずれましての巨大建造物のお話。4枠目の今週は「アリーナ」、最近、渦中の本田圭佑と長友佑都から、2人が住むミラノのこんなアリーナのお話です。
(これ、転寝しとったらいかんよ、ミーシャ。)

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 今月はこちら。イタリア、ミラノにある「メディオラヌム・フォーラム」です。1990年に完成した収容人員12700人のこのアリーナは、現在、バスケットボール、セリエAの「エンポリオ・アルマーニ・ミラノ」が本拠にしています。他にもアイスホッケー、コンサートなどの催しで多く使われています。2014年には当地でバスケットボールのターキッシュエアラインズ・ユーロリーグ・ファイナルフォーが開催。1998年と2015年にはMTV ヨーロッパ・ミュージック・アワードが開催されました。

 なお、この「メディオラヌム」(Mediolanum)というのはイタリアの大手生命保険会社の事ですが、社名の由来はミラノのラテン語読みから来ています。その歴史は紀元前600年のケルト人の町を元にしています。前222年にローマが征服したが、そのどちらにもMediolanum(平原の真中)と呼ばれました。そしてこの会社は一時、こんなスポンサーについていました。

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1990年代のACミラン、ベルルスコーニがオーナー時分の絶頂期の当時、胸のスポンサーはここでした。後にMotta(製菓、日本でいうと「不二家」が一番近い)、Opel(車)、bwin(ネット賭博)と来て、現在のFly Emirates(エミレーツ航空 航空)になりました。

 ということで今日のお話はここまで。今日と明日とちょっと人様に会ってくるものでして、いいことあるといいなと思う次第です。
(ほれ、あんまし悩んだらいかんよ、ミーシャ。)
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