フォアハンド一代

 さて4連投の中、いよいよ明日からは「本番」に入るお仕事、そのせいか最近、疲労も濃い(決して顔が濃いのではありません。)気もする私。今日は木曜日、テニスのお話。2枠目の今週は「選手」、今日はそんな時にスカッとさせてくれるんじゃないかと思うこんな方のお話です。
(確かに、この人の打ち方見てたら「スカッと」するけどね、ミーシャ。)

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 今月はこの方。「爆裂フォアハンド」フェルナンド・ゴンサレス(Fernando Francisco González Ciuffardi チリ)です。1980年7月29日、チリ、サンティアゴ生まれの右利き、バックハンド片手打ちの方です。生まれつき恵まれた体格で運動神経も抜群だったので、迷うことなくスポーツの道へと進むわけです。そんな彼が選んだスポーツがテニスでした。

 ジュニア時代には同世代のライバルであるファン・カルロス・フェレーロを破って全仏オープンジュニアで優勝している。2002年の全米オープンで準々決勝進出、ランキングもトップ20入りして脚光を浴び、以降中堅選手として2000年代を通して活躍してきた。そして2007年には初めて4大メジャーの決勝まで勝ち上がります。相手はロジャー・フェデラー、結局この大会は負けましたが、それでもそのフォアハンドの破壊力を世界に知らしめることとなりました。

 2010年頃からは故障に悩まされ、それまでのような活躍はできなくなっていきました。2012年3月のマイアミ大会を最後に引退することになりました。引退後はあまり動きが伝わってこなかったが、2014年10月にチャンピオンズ(シニア)・ツアーへの参戦が発表された。2015年にはこのツアーでランキング1位にもなりました。

 プレースタイルはフォアハンドの豪快なフルスイングが特徴で”爆裂フォアハンド”として有名。全盛期のフォアハンドは単体の破壊力としては現役最強だったと思われます。その豪快なプレイからハードコート寄りの選手かと思いきや、南米選手らしく勝率・優勝回数ともクレーコートでの成績が最も良いんです。

 ということで今日のお話はここまで。これからちょっと探し物をするところです。
(ほれ、また何を探すんかな、ミーシャ?)
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止まる、止まる

 さてまだお外は雨、そんな中、昨日は途中で止めたお仕事終わらせ、その後で取りに行ったガットを換えたラケットが最後に締まっていなかったことで、その分を修正させた私。やった人物は私と同じ高校(とはいえ倍ほど年齢は離れていますが)でして、多少甘い顔をしていたのですが…。ということで今日は金曜日、テニスのお話。1枠目の今週は「名品」、今日はこんなお話です。
(これ、あんまし無茶言うたらいかんよ、ミーシャ。)

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 今月はこちら。知る人ぞ知る靴のブランド、アシックス、そのクレーコート用のトップモデル「アドバンテージ」という靴です。高低差の大きなヘリンボーントレッドを全面に意匠配列したクレーコート専用ソールを搭載。柔軟なラバー特性を活かした加重による変形でグリップ性と適度なスライド性を両立させたモデルです。かなりコアな層に愛されてきました。とはいえ、「オムニ・クレー用」という触れ込みで扱われるシューズとしてはちょっと別格の扱いになる「クレーコート専用」シューズです。

 日本で主流のオムニコート(砂入り人工芝)で使うとなると、高度なフットワーク技術と止まる衝撃に耐えられる脚力のある人でないと難しいような気がします。オムニコート用はアウトソールのスタッドに砂の通り道があえて作られているので、滑って止まる動作がスムースに出来る様に計算されています。しかしアドバンテージはソフトな溝(高低差の大きなヘリンボーントレッド)で出来ているので確かに怖い程止まります、イメージ的には砂の無い人工芝で引っかかる感じです。止まりすぎるという人もいます。

 ということで今日のお話はここまで。雨はまだまだ降っています。今日はさて、どうなりますか?今日も1日、頑張りましょ。
(ほれ、雨の日は気をつけるんよ、ミーシャ。)

ロシアの年

♪ちょっとテレビを、見ているけ~れ~ど~、半端ない~と~、国中騒~ぐ~、今日はスタメン、外れるけれど、今日も勝つのよ、1位通過よ~♪(アニメ「キャプテン翼」の主題歌「燃えてヒーロー」のメロディでどうぞ)さてもうすぐ始まる運命の最終ラウンド、1位になるか2位になるかで「大きく位置づけが変わってくる」決勝トーナメントに向けて、皆さんお忙しい中ですが、私もさっとこのお話を書きたいけれど、なかなかネタが出てこない私。しかししかし、まさか前回優勝チームのドイツ、よもやグループステージで脱落にこれまた腰を抜かした今日は木曜日、テニスのお話。4枠目の今週は「名勝負百選」、もうすぐ始まるウィンブルドンから、今月のテーマ「ロシア」にのっとり、こんなお話です。
(これ、ま~たそんな無理やりドーピングのような話を持ってこんでもええんよ、ミーシャ。)

 2004年のウィンブルドン、女子シングルスの決勝、結果はこうでした。

 マリア・シャラポワ  6-1   セリーナ・ウィリアムズ
              6-4

 第1シード、セリーナ・ウィリアムズはここまで2連覇中、この大会も準決勝のモーレスモ戦で第1セットをタイブレークで落としたのが唯一の失セットという圧勝でここまで来ました。一方、第13シードのシャラポワ、最初の2試合を予選上がり、主催者推薦といった「比較的楽な」相手に当たったものの、そこから先はベスト8、準決勝とフルセットの試合を勝ち上がってきました。世間の評判は「セリーナの3連覇は固いんじゃない?」という感じでした。

 そして試合は始まります。シャラポワは第1セット、自身の武器でもあるフラット系のショットでセリーナを攻め立てます。またカウンターショットを最大の持ち味としており、少々打点が遅れても、そこから切り返してより攻撃的なショットが打て、 また一見でたらめなフォームに思えるときでも、きっちりコースをついて切り返してくるため、第1セットはあっさりと6‐1でシャラポワが取ります。

 第2セットに入り、百戦錬磨のセリーナがシャラポワのサーブを先にブレークして、フルセットになるかと思いましたが、ここから驚愕のマリア様、そこから4ゲーム連取であっさりとストレート勝ち、しかも史上2番目の年少記録(プロ解禁以後、1位はマルチナ・ヒンギスの16歳9カ月です。)というおまけまでつきました。またこの年はこの2週間前にアナスタシア・ミスキナがフレンチ・オープンを、この2か月後にはスヴェトラーナ・クズネツォワがUSオープンを制し、「ロシアの年」と言われました。

 ということで今日のお話はここまで。そして渦中のドイツ、ついに監督のヨアヒム・レーヴの辞任云々が取りざたされ始めましたが、後任は誰になるのか、レーヴ自身は次の2022年、カタールでのワールドカップまで延長したところですが、ちょっと気になる次第です。
(ほれ、あんまし夜更かししとったらいかんよ、ミーシャ。)

壁の向こうから

 さて昨日はお仕事、そんな中で何やら無性にわいてくる食欲のため、晩ごはんをバクバクと食いさらしていた「半端ねえ」私。今日は木曜日、テニスのお話。3枠目の今週は「戦術」、今日は今月のテーマ「ロシア」から、こんなお話です。
(これ、確かにアンタの「食い意地」は「半端ねえ」なんやけどね、ミーシャ。)

 元々、旧ソ連は世界でも屈指のテニス大国でした。ところが1970年代末、レオニード・ブレジネフ政権当時、プロ・ツアーからの撤退を表明します。個人の選手が好きな試合を選びながら世界ツアーをするような、テニスのゆるい構造は、亡命を防ぐためにスター選手を厳しい管理下に置いていたソ連政府にとって、受け入れ難いものでした。テニス選手が優勝賞金を稼ぐというのは、間違いなくマルクス主義的イデオロギーに反するわけです。

 ところが1980年代中盤、ゴルバチョフの「ペレストロイカ」以降、ソ連(その後にロシア、ウクライナなど)は外貨獲得の一環として、スター選手のプロ活動を公認、そうした中で西側のプロ・ツアーへの選手の参入が起きました。そこで出てきたのが西側の選手とはちょっと違うプレースタイルでした。

(1)ロシアン・フラット
トップスピン全盛の男子テニスにあって、回転数の少ないフラット系の高速ショットを武器にする選手は珍しいですが、これはロシアの選手によく見られる傾向です。(この理由として、冬の寒さ故に「屋内コートの数がかなり多い、そしてその屋内コートは得てして速いサーフェスであるという事情からだと考えられています。)

(2)バックハンドをストレートに強打する
今でこそ錦織選手に代表されるようにバックハンドのストレートは試合で頻繁に使われていますが、かつてはトップスピンの利いたクロスショットで相手をコート後方に追い込み、ダウン・ザ・ラインはスライスのアプローチショットとして使われるのが一般的でした。
ベースラインからバックハンドのダウン・ザ・ラインでウイナーを狙うのは、リスクが高く賢明な選択ではないと考えられていたのです。(俗に「バックハンドをストレートに打ち始めると、その選手には勝ち目がないとよく言われていました。)

 その中でロシアはツアー復帰後に一大勢力となり、ついにはカフェルニコフ、サフィン、シャラポワなど世界ランク1位になる選手も多数出てきました。ということで今日のお話はここまで。今日もお仕事です。今日もビシッと締めましょ。
(ほれ、あんまし無理せんようにね、ミーシャ。)

アンナ・華麗ニナ

 さて今晩から始まるFIFAワールドカップ(TM)、さてどうなりますかという裏で、よもやスペイン、本大会開始直前に監督を解任したというお話に「!!」と思った私。今日は木曜日、テニスのお話。2枠目の今週は「選手」、今月のテーマ、ロシアからこんな美女のお話です。
(確かにまぁ、この時期にっていうのは問題ありやね、ミーシャ。)

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 ロシアのテニス選手、これまでにもサフィン、カフェルニコフなど数々出てまいりましたが、ここでちょうどいいのが1人出てきましたよ。(間違っても、「ダンナ、いい子が出てきたんですがね~。」と言葉巧みに言い寄ってくる怪しいオッサンは出てきません。)1990年代末に出てきたアンナ・クルニコワ(Anna Kournikova)という方がいます。1981年6月7日、ロシア、モスクワ生まれ、右利き、バックハンド両手打ちのこの方、5歳でテニスを始め、その才能はかなり注目されていました。

 1995年、ジュニアの大会、オレンジボウル優勝の後に、14歳でプロ転向、鳴り物入りでプロ・ツアーに参入したのですが、最初のうちはそこそこ勝てていました。しかし、肝心かなめの大舞台ではなぜか勝てず、結局プロ・ツアーでは1つのタイトルも手にできませんでした。4大メジャーでも最高は4回戦どまり、これは「不思議」の1つなのですが、2003年以降はほぼ引退状態になっています。2010年、アメリカの国籍を得て、ロシアとアメリカの二重国籍になり、2017年、歌手のエンリケ・イグレシアス(フリオ・イグレシアスの次男です。)との間に双子が生まれました。

 彼女がなぜこの程度の成績だったのかというと、1つには「あまりにも人気ばかりが先行しすぎた」とよく言われています。事実、マルチナ・ヒンギスとのダブルスでは「スパイス・ガールズ」とかいうニックネームまでついていました。ファッション誌などのモデルにもなっていたこともあり、あまりにもテニスに時間をかけていなかったのはその通りです。またもう1つの理由が「サーブ」、そのヒンギスとのダブルスで、ネットプレーに関してはかなりのレベルでああることは証明されていますが、いかんせん、サーブが弱い、現代のテニスでは、このサーブの弱さというのはかなりハンデになります。(とはいえ、シャラポワほどひどくはありません。シャラポワはあの上背の割にはサーブがあまりにも入らなさすぎる点は致命的です。)

 ということで今日のお話はここまで。今日も元気にお仕事です。何だかんだとやっつけ感はありますが、今日も1日、頑張りましょ。
(ほれ、あんまし無理せんようにね、ミーシャ。)
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