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超高速の9月

 さて怒りの出戻り生活も2日目、でも今日は木曜日のくせに何やら火曜日の感覚がする、「時計の狂った」私。そのせいかどうかはわからんのですが、電話に女子高生のようにジャラジャラ付けてる餃子のマスコットで小学生の男の子に声をかけられ、危うく「未成年者略取誘拐」になりかけた今日は木曜日、テニスのお話。4枠目の今週は「テニス・トーナメント」、今日はこんなお話にしましょ。
(これ、アンタは「時計が狂う」やなくて、「人生が狂ってる」んやないの、ま~たやらし~こと考えとったやろ?それにもうええ年してそんなジャラジャラと電話にぶら下げてんやないんよ、ミーシャ?)

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 この9月は男女とも極東、アジア地域での大会がメインになってきます。移動その他の負担軽減のために、2008年からこういう形になりましたが、今日はそこからこの時期に行われる予定の女子の大会「東レ・パン・パシフィック・オープン」というトーナメントがあります。WTAツアーの中でも比較的、規模の大きな大会になります。始まったのは1984年、前身となる大会は1973年より開催された日本初の女子プロテニスサーキット「東レ・シルックトーナメント」でした。最初の2回は年末(当時は4月に始まり翌年の3月に終わるフォーマットでした。)、その後9月後半、5月の連休と来て1989年からは1月末~2月初め、つまり。4大メジャーのオーストラリアの後に設定されました。真夏のオーストラリアから真冬の東京というかなり苛酷な移動、そして現在は有明コロシアムのハード・コートですが、当時は東京体育館に特設で造った(決して造る際に麦焼酎を5~6杯、ロックで飲んでハーレーで通勤してはいけません。)インドアコート、そしてそのコートは東レ「スパックターフ」と言われる超高速の人工芝コートでした。

 そんなこんなでも数々の事件簿はありまして…。
(1)次世代女王、日本でのお披露目
1986年、世界ランク3位のシュテフィ・グラフが日本へ初めてやってきました。来て早々に練習を始めたグラフ、あっさりシングルス、ダブルス共に優勝しています。

(2)黒塗りと色付き
1994年、前週のオーストラリアを圧勝したグラフ。この年からウィルソンのラケットを使い始めたのですが、オーストラリアではまだ黒塗りのものでした。しかしこの大会から正式にカラーリングの入ったものを使用、そして3度目の優勝を飾りました。

(3)過酷の果て
1997年、オーストラリアでまさかの4回戦負けを喫したグラフ、この時、身体はとてもじゃないが試合をやれる状態ではありませんでした。しかし無理して日本へ旅立った(この理由は「子供を迎えに行ったから」ではありません。)後、決勝までたどり着いたのですが、何となんとkその決勝を棄権する羽目になり、この2か月後に世界ランキング1位から転落することになります。

(4)お手玉事件
1999年、グラフのラスト・シーズン、ベスト8でヒンギスと当たったのですが、その際に膝のマッサージを受けることになります。その中断の間にヒンギスはなんとテニスボールを使ってお手玉(ジャグリング)をやる始末。でもこれでお手玉協会から表彰されました。

 今年はコロナの関係で中止になりました。また2014年以降は中国の台頭もあり、大会存続が危ぶまれたこともありました。とはいえ、この大会を楽しみという方も多く、そのヒンギスは最多の4度の優勝回数を持っています。

 ということで今日のお話はここまで。明日は金曜日ですが、ちょっと来週が異様に長く感じそうな気がします。 
(ほれ、それは「気のせい」やで、ミーシャ。)
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最後の一撃

 さて何となんと来週から3度目の「出戻り」、娘がダンナと別れて、「次は幸せな家庭を築くから」ということで再婚したものの、やっぱり問題があって、再び別れて実家に出戻ったとかいうネタといっしょだとか思うリアル「渡る世間は鬼ばかり」の私。今日は木曜日、テニスのお話。3枠目の今週は「戦術」、今日はこんなお話です。
(これ、アンタなんかが出戻ったらえらい事になるんやわ、食費がかかってかなんのよ、ミーシャ。)

 テニスのサーブ、その日によって調子のいい/悪いなどがありますが、以前にもサーブのコースについては色々とお話をしてきました。そこで今日のお話はこんな事。

「マッチ・ポイントで自分がサーブを打ちます。さてどこに打ちますか?」

この場合、結論としてみれば、「自分のその日一番いい調子のコースに打ちなさい」となります。事実、そのサーブはその日で一番いいわけですから、相手としても「やりにくい」わけです。とはいえ、受ける側もここまでそれなりに時間もたっていますので、それなりのデータはつかんでいます。そのため、下手したら「一か八か」でそのコースにヤマを張って待ち構えているという例は多々あったりします。

 とはいえ、ここで下手に裏読みすると、逆にカウンターをくらう場合もあります。(あれこれと考えすぎて、本題がずれるためです。)そしてその後にツケ上がられる「悪夢の展開」もあります。そのため、打つ時は「自信を持って」打ちましょう。少々のズレがあっても何とかなります。むしろ「打てるもんなら、打ってみなさい」的な感じでやった方がいいと思います。

 ということで今日のお話はここまで。さて1カ月で収まりがつくのか、3度目の出戻り生活もちょっと気になります。
(ほれ、アンタに必要なんは、まさにこれやないの、ミーシャ?)

恐怖、極厚舌嚙み男

 さて現在地での「出戻り」もようやく終わり(巷では「続編」があるという声も)、重た~い荷物を抱えてヒ~コラ、そして「ロッカーは残しておいてあげるね」という声に「永代使用ですか?」と聞くところ、「永代供養ですか?」と聞いて、バカ受けされてしまった「アホな」私。今日は木曜日、テニスのお話。2枠目の今週は「選手」、今日はこんなお話です。
(これ、アンタを供養しても何の御利益もあらへんのと違う、ミーシャ?)


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 今月はこの方。アルベルト・ベラサテギ(Alberto Berasategui Salazar  スペイン)という方です。1973年6月28日、スペイン、バスク自治州ビルバオ生まれ、右利き、バックハンド両手打ちのこの方、1991年にプロ入りします。1993年にツアー初優勝の後、1994年には4大メジャーのフレンチ・オープンでノーシードからあれよあれよという間に勝ち上がって準優勝までたどり着きます。アメリカでテニス修行をして他のスペイン選手に比べて英語が達者(スペイン、イタリア系の方に英語を喋らせると結構訛りのキツい英語をしゃべります。ちなみにミーシャもスペイン、イタリア語チックな英語をしゃべっています。当然のことながら、日本語はかなりきつい「標準語」で話しています。)だったおかげもあってか、記者会見での受け答えも明るく、結構小気味いいテニスだったものの、1990年代の末になるとキャリアの下降線を描き始め、2001年に現役を引退しました。

 プレースタイルはひたすら「拾う」というタイプですが、この人の場合、ラケットの握り方に特徴がありました。軟式テニスのような分厚いグリップ(この方の登場以降、「エクストリーム・ウエスタングリップ」と言われるようになります。)から繰り出すフォアハンドも、両手打ちに見えて実はシングルハンドのバッグハンドも超個性的で、「どうやってボールをとらえているのかよくわからない」という言い方がぴったり。172cmのテニス選手としては小さな身体でコート中を走り回り、懸命に拾いまくって打ち続けるプレーにも、「守る」「ガッチリ」「しこる」とは全く異なる躍動感が溢れていました。

 ということで今日のお話はここまで。ようやく本社に戻りますが、「あなた、誰?」と言われないようにしときましょ。
(ほれ、今までの疲労もあるから、今日はゆっくり寝ときや、ミーシャ。)

色々な袋

 さて一夜にして覆ったお話、結局昨日のお話はなかったことにということで、元のさやに納まったお仕事もさておきながら、台風の加減も気になる私。今日は木曜日、テニスのお話。1枠目の今週は「技術」、今日はこんなお話です。
(ほれ、ま~たマニアなお話で来るんやろ、ミーシャ。)

 ナイキの看板テクノロジー、「エア」。1978年に「エア・テイルウインド」に初めて搭載されたこのテクノロジーは」元NASAエンジニアM.フランク・ルディが開発した新技術を採用していました。ルディはアポロ計画で宇宙飛行士のヘルメット製造で使われていた「ゴムのブロー成形」を応用し、中が空洞のミッドソールを作って、そこに圧縮ガスを閉じ込めたポリウレタン製のエアバッグを埋め込み、この技術で1979年に特許をとります。「空気の中敷きならクッションになるし、何度履いても磨り減らない、また重さもほぼ考えなくてもいい。」という触れ込みでした。(でも「ヘタり」を考慮していないのは致命的です。)

 1987年に登場した初代「エアマックス」で、初めて「ビジブル(見える)エア」が登場、その後「マックス・エア」 「フルレングス・エア」「ズーム・エア」などが登場します。その中でもかなり凝ったものが「ズーム・エア」、1996年に登場したのですが、従来のエアバッグに比べて厚みは半分、これは圧縮したNike Airユニット内部にきつく張られたファイバーを編み込むことで、Zoom Airクッショニングが瞬時に反発力を発揮。着地するたびに、きつく張られたファイバーが縮んで衝撃を緩和し、素早く元の状態に戻るときに爆発的にパワフルな跳ね返りを生み出す仕掛けです。テニスではピート・サンプラスが長く愛用していた「エア・オシレート」に採用されていました。また「エア・ジョーダン」「エア・ズーム・ターフ」などにも採用されていました。私も(こっそり)履いていたこともあり、このクッション性はすごいと思えたのですが…。

 ということで今日のお話はここまで。台風はどうなりますか?ちょっと今週末が気になる次第です。
(ほれ、することしときや、ミーシャ。)

前の週

 さて今日も勝ってる愛するタイガース、そして何だかんだと過ぎた今週、そしてまたもや「大豪雨」と何やらこの先を暗示しているかのような気もする中、歯医者に行ってきた私。今日は木曜日、テニスのお話。4枠目の今週は「テニス・トーナメント」、今日はもうすぐ始まるUSオープンからこんなお話です。
(これ、雨に降られてどないやったんよ、ミーシャ。)

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 USオープンは毎年8月の最終の月曜日から始まりますが、その前の週に「コネチカット・オープン」という大会があります。現在は数度の開催地の移転を経て、アメリカ、コネチカット州のニューヘブンというところで行われます。元々は2010年まで男子のトーナメントでしたが、現在は女子のみになっています。とはいえ、4大メジャーの前週はトップ選手は疲労が残るということでパスすることも多いため、あまり規模は大きくないのですが、WTAプレミア・トーナメントに指定されています。

 その始まりはかなり古く、1948年に全米女子ハードコート選手権として創設したものの、オープン化の年の1968年にいったん廃止されました。しかし1988年に復活し、当時はテキサス州のサンアントニオというところでした。このサンアントニオというところはテキサス州南部になりますが、結構乾燥した気候で、風も強いところでした。

 ということで今日のお話はここまで。ちょっとドタバタで書きましたが、来月の本社の移転絡めて、ちょっと気になる次第です。
(ほれ、明日は「タピオカミックス」かな、ミーシャ?)
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