FC2ブログ

この暑さの中

 さてお盆休みもそろそろおしまい、そして今日は朝から何人並んでいるんでしょうかという高校野球もさることながら、今日も真面目にこのお話を書いている私。今日は土曜日、グルメのお話。2枠目の今週は「ミーシャの変態クッキング」、今日はこんなお話です。
(これ、そんな暑苦しいネタ持ってこんとってか、ミーシャ。)

108355_convert_20190817080125.jpg

 この夏場はどうしても、さっぱりしたものばかりに行ってしまいがちですが、今日はそこから「回鍋肉」にしました。某合わせ調味料のCM、山口智充と杉咲花が出てくるのですが、そのCMはこんなもの、

家に友達が来て、お食事のお時間になりました。そこで、お父さん役の山口智充と娘役の杉咲花がバクバクと「回鍋肉」を食べているのですが、その姿に唖然とした友達が「アンタのとこって、いっつもこうなの?」と聞きます。そこで杉咲花は「なくなるよ。」と言いつつ、またバクバクと食べている。(決してウチとこのネタではありません。)

 というCMです。そしてレシピはこんなものです。(2人分)

豚バラ肉(薄切り)   120g    キャベツ    150g   ピーマン   1個
ねぎ   1/4本   酒  大さじ1   にんにく(薄切り)  1片分
サラダ油   大さじ1と1/2

(A)
甜麺醤(テンメンジャン)   大さじ1/2
豆板醤(トウバンジャン)  小さじ1

(B)
キッコーマン特選丸大豆しょうゆ   大さじ1
こしょう   少々

(1)豚肉は5cm幅に切ります。

(2)キャベツはざく切り、ピーマンは半割にして8等分します。

(3)ねぎは斜め薄切りにします。

(4)フライパンにサラダ油大さじ1を熱し、(2)を炒めて全体に油が回ったら、取り出します。

(5)(4)のフライパンに、残りのサラダ油を足し、(1)を炒める。肉の色が変わったら、酒をふり、(A)を加えてよくなじませます。

(6)(3)とにんにくも加えて炒め、(4)を戻し入れ、(B)で調味します。

 ということで今日のお話はここまで。「満員通知」も出た高校野球を大真面目に今から見てましょ。
(ほれ、ママがごっつい機嫌悪いんよ、「粗大ごみが3つある!」言うてね、アンタとパパとお兄ちゃんのことなんやけどさぁ、ミーシャ。)
スポンサーサイト

バスの運転手

 さて台風一過、高校野球も佳境に入り、判定覆りのサヨナラ劇に「VAR」の存在を感じる私。今日は金曜日、テニスのお話。2枠目の今週は「選手」、今日はこんなお話です。
(これ、どこからこのネタをもってくるんかな、ミーシャ?)

20190327_ash_546.jpg

 今月はこの方。最近までの世界ランキング1位、トーマスのライバルじゃなかったアシュリー・バーティ(オーストラリア)という方です。1996年4月24日、オーストラリア、イプスヴィッチ生まれの右利き、バックハンド両手打ちのこの方、5歳でテニスを始め、2011年のウィンブルドンのジュニアの部(18歳以下)で優勝の後にプロ入りしました。しかし、2015年にはテニスを離れ、クリケット選手としてプレーしていたこともあります。そんな紆余曲折があったのですが、2016年にツアー復帰、その後はトップ100入りの後、2019年には4大メジャー初優勝と、世界ランキング1位に輝いています。

 様々な球種を混ぜながら相手を翻弄し、ネットプレーにつなげるのが非常に上手いオールラウンダー。 リターン力もありブロックリターン、スライスリターン等を使いわけ展開できるボールを引き出します。また、フォアハンドもフェデラーを彷彿とさせる綺麗なフォームで、コースが読みづらくウィナーを取ることができるのですが、いかんせん、一発の破壊力に乏しいような気もします。

 ということで今日のお話はここまで。明日、明後日は高校野球でテレビの前に釘付けになりそうです。
(ほれ、ちっとは動かんとパパみたいになるよ、ミーシャ。)

神の館

 さて昨日は台風がらみで「お泊り」、そこで夕食は「中華とイタリアンのフルコース、どっちにしようかな?」と思い、「イタリアンにしよ♡」でフルコース完食した次の日は台風がこっちに来る中でのお仕事、とりあえず3本行って終わらせたものの、帰りは大豪雨、そして周りはみんな早じまい、そんな中でおうちに帰ってきた私。今日は木曜日、順番が入れ替わった関係の巨大建造物のお話。2枠目の今週は「スタジアム」、今日はこんなお話です。
(これ、その「中華とイタリアンのフルコース」っていうのは、実は「王×」と「サ×ゼ×ヤ」のことやろ、ミーシャ。アンタが昨日「バクバク食べてた」って報告が上がっとるんやわ。)

Stadio-San-Paolo_convert_20190815193853.jpg

Stadio_San_Paolo_Napoli_2019_convert_20190815194358.jpg

 今月はこちら。イタリア・ナポリにある「スタディオ・サン・パオロ」(Stadio San Paolo)というスタジアムです。は、収容人員60200人、セリエA・SSCナポリのホームスタジアムです。1959年の開場時に比べて大きく収容人数を減らして入るものの、いまだなおイタリアではスタディオ・ジュゼッペ・メアッツァ、スタディオ・オリンピコ・ディ・ローマに次いで3番目に大きいサッカースタジアムです。現在の形になったのは1989年、翌1990年のFIFAワールドカップ(TM) 用に改装されて、現在のものになりました。

 そしてイタリアの大都市にしては珍しくクラブが1個しかないのがナポリです。(同様の例はアムステルダム(オランダ)、アヤックスがあります。)いわばその分、ナポリ1クラブに全ての熱が注ぎ込まれてるといってもいいでしょう。しかしその熱がたまに(?)あらぬ方向に向いてしまうのがナポリたるところです。そんなナポリで未だに「神」と崇め奉られるのがディエゴ・マラドーナ、「マラドーナ原理主義」がいまだに巣食っている(ちなみにミーシャのパパも「マラドーナ原理主義者」です。)中、そのマラドーナは1984年にこの地に降臨して、1989‐90シーズンにはセリエA優勝と夢のような時間を過ごした後、神は去ってしまったのですが(例の「コカイン陽性反応事件」です。)、その後もまぁまぁ強くも弱くない位置にはいたことはいました。

 そして、ジャンフランコ・ゾラなど有望な若手を売却する自転車操業でなんとかしてたのですが、ついに1990年代後半にセリエB(2部)降格、その後も低迷を繰り返し2004年に破産。セリエC1降格になってしまいます。ここで、落ちる所まで落ちたナポリを救ったのが「白馬の騎士」、現会長のデ・ラウレンティス氏(映画会社のオーナーです。)。ナポリを買収する条件として、旧クラブの人間は一掃するというものであったために相当もめたらしいんです。要は、以前と同じなのはスタジアムとユニフォームの色くらいなもので、全く別の新生クラブとして再スタートを切ったということです。とはいえ、セリエAでは上位の常連、チャンピオンズリーグでも上位を狙えるほどのクラブになりました。またこのマラドーナ時代に意外な人物がこのチームに籍を置いていました。なんと「チョイ悪軽薄イタリアン」ジローラモ・パンツエッタ(タレント)、この方は16歳までこのチームにおりましたが、けがによって選手生命を絶たれてしまいます。マラドーナ在籍時はシーズン席で全部の追っかけやったというほどです。

 ということで今日のお話はここまで。雨はどうなりますか、今週もあと1日、ビシッと締めましょという次第です。
(ほれ、油断せんようにね、ミーシャ。)

ボクのなつやすみ

このお話を読んでもらっているお兄さん、お姉さんのみなさん、こんばんは。ボク、ブランコです。ミーシャはただいま、がいはくということで、ボクたちはおじさんとおばさんといっしょに帰ってきました。今日はこのお話です。
(おや、ブランコ。今日はアンタやね、ちゃんと夏休みしてたんかな?)

ボクたちは先週の土よう日に、ミーシャといっしょにこの山のおうちにきました。でもミーシャはお客さんのお相手、ボクたちとゆっくりお話する間もなく、そのお客さんといっしょに山を下りていきました。ボクはちょっとさびしかったんですけど、ミーシャが迎えにくるまでがんばろうと思いました。

とはいえ、そこでやってきたのは台風、ミーシャはお仕事の都合でお泊まり、ボクたちはおじさんに連れて帰ってきてもらって、今年のなつやすみは終わりました。でもおうちに帰ってビックリ、ミーシャはちゃんとお部屋を片付けていました。

ということでボクたちはミーシャが早く帰ってこないかなぁと思うんです。
(ほれ、ブランコ。ミーシャにいっぱい遊んでもらいや。)

沈んだ船

 さて高校野球も本命が順当に勝ち上がったような気もする中、やってくるのは「台風」、これで明日、ひょっとしたら明後日も「泊り」になる可能性が出てきた「一人お泊り保育」の私。今日は火曜日、映画のお半死。この8月ということで、戦争がらみのお話ですが、今日はこんなお話です。
(これ、一人で寝られるんかな、ミーシャ?)

 今月はこちら。結構覚えている方も多いかもしれない「男たちのYAMATO」(2005年 東映)という作品です。辺見じゅんのノンフィクションを映画化した戦争スペクタクル・ドラマ。昭和20年4月、3000余命の乗組員とともに東シナ海に散った戦艦大和の壮絶な運命を描いています。6億円をかけて大和の原寸大のセットが組まれたことが話題を呼びました。(またこのセットは実際の造船所を借り受けて作ったもので、その際に使ったものは、同じ年にオープンした「大和ミュージアム」(呉市海事歴史科学館)に寄贈されました。)

 あらすじはこんなところで…。
2005年4月、鹿児島県枕崎の漁港。老漁師の神尾のもとを内田真貴子と名乗る女性が訪ね、60年前に沈んだ戦艦大和が眠る場所まで船を出してほしいと懇願する。彼女が大和の乗組員・内田二兵曹の娘と知り驚いた神尾は、小さな漁船を目的の場所へと走らせる。神尾もまた大和の乗組員だったのだ。内田二兵曹の名前を耳にし、神尾の胸裡に60年前の光景が鮮やかに甦ってくる…。1941年(昭和16年)12月8日、日本軍の真珠湾奇襲によって始まった太平洋戦争は、はじめ日本軍が優勢であったが、徐々に日本軍は劣勢を強いられ、じりじりと追い詰められていく。そんな1944年(昭和19年)の春、神尾、伊達、西、常田、児島ら特別年少兵をはじめとする新兵たちが、戦艦大和に乗り込んできた。乗艦した彼らを待ち受けていたのは、厳しい訓練の日々であった。そんな中、彼らは烹炊所班長の森脇二主曹(反町隆史)や機銃射手の内田二兵曹(中村獅童)に、幾度か危機を救われることがあった。同年10月、レイテ沖海戦に出撃した大和はアメリカ軍の猛攻を受けた。大和の乗組員たちも多数死傷し、内田も左目に重傷を負い、大和の任務からも外されることとなった。昭和20年3月、日本の敗色が日増しに濃くなっていく中、大和の乗組員たちに出撃前の上陸が許される。全員が、これが最後の上陸になることを覚悟していた。それぞれが肉親や恋人と思い思いの時間を過ごす。翌日、男たちはそれぞれの想いを胸に大和へ戻っていく。艦内には内田の姿もあった。彼は軍規違反を承知で病院を抜け出して、恋人の芸者・文子と別れを告げた後、ひそかに艦に乗りこんでいたのだ。同年4月1日、ついに米軍は沖縄上陸作戦を本格的に開始。4月5日、草鹿連合艦隊参謀長は、大和の沖縄特攻の命を伊藤第二艦隊司令長官に下す。有賀艦長から艦隊命令を通達された乗組員たちは、臼淵大尉(長嶋一茂)に諭され、それぞれの立場で「死二方用意」を始めていった。4月6日、いよいよ大和以下10隻の艦隊は出航した。そして4月7日、ついに鉛色の雲の彼方から米軍艦載機の大群が大和に襲いかかっていった。大和の46cm主砲が、副砲が、高射砲がこれらを迎え撃つ。乗組員たちの最後の戦いが始まった。

 ただ、これまでの戦記もの映画は、司令官、指導者が主役を張るケースが多かったため、プロデューサーの坂上は「艦底から見た大和を描きたい」と下から支える側としていたって地味な烹炊員(調理担当の兵士)として反町隆史を主役として登場させたわけですが、このコンセプトはすでに「連合艦隊」(1981年 東宝)ですでに登場しています。そのために、ややブレが出たような気もします。

 ということで今日のお話はここまで。ちょっと今週は書く予定のものもありありだったのですが、ちょっと予定が狂いそうです。
(これ、それやったら「休んでも」ええんやないの、ミーシャ?)
プロフィール

ミーシャ

Author:ミーシャ
FC2ブログへようこそ!

コアラの時計

by Animal Web Clock
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
FC2カウンター
最新記事
最新トラックバック
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
RSSリンクの表示
リンク
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
検索フォーム